稀代の名器の魅力を余すところなく伝えたコンサート
独自の目線でアーティストを発掘し、プログラムを拓いてきたTOPPANホール、昨年開館25周年を迎え音楽ファンが釘付けとなるような個性的な企画を次々に放ったが、今回のニューイヤーコンサートは親しみのある名曲が並ぶという、このホールでは珍しい内容となった。その理由は、昨年から貸与されている1909年製ベーゼンドルファーModel250を主役に据え、ホールの響きを熟知している演奏者たちが名曲を通して稀代の名器の魅力を披露するという企画だからだ。
冒頭のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「スプリング」は山根一仁と川口成彦の初共演、川口のピアノは綿毛に包まれたような柔らかい響きで表情豊か、山根は古楽的なアプローチで心が解き放たれたような自由度を感じさせる演奏に進化を見た。
続く兼重稔宏はベーゼンドルファーアーティトでもあり、通常より4鍵多い92鍵のこのピアノの特長が生かされるベートーヴェンの30番ソナタを選んだ。1楽章の低音から上がっていくアルペジオや3楽章の長大な左手のトリルなどで豊穣な響きを聴くと得心が行く。3楽章第1変奏の高音で歌うメロディや第4変奏のペダルを多用した幻想的な響きにも魅せられた。
続いて兼重のピアノで嘉目真木子がブラームス、モーツァルト、R.シュトラウスの歌曲を歌った。20世紀初頭ウィーンの歌劇場で使用されていたこともあり、まさに同時代を生きたR.シュトラウスでは、どこまでピアノが歌い上げても決して歌の邪魔をしない。この楽器がいかにリートと良い相性なのかがわかる。嘉目はブラームスの「永遠の愛とは」で男女の対話を情感豊かに歌い、R.シュトラウス「万霊節」での美しい歌声のあとのピアノの最後の音が消えていく余韻まで聴き入ってしまった。
後半は川口のソロでシューベルトとショパン。シューベルトの即興曲第1番、冒頭のG音フェルマータを音が消える程長く伸ばす。ピアノの響きの移ろいをしっかり確かめながら、時には戯れるようにテンポを大きく揺らした自由度の高いアプローチ。ショパンの「華麗なる大円舞曲」ではブリリアントな音色と自在なワルツのリズムが調和していた。
アンコールは川口と兼重による連弾でブラームスのハンガリー舞曲が始まり、途中から山根がヴァイオリンを弾きながらステージに登場、92鍵のベーゼンドルファーが4手の熱演に見事に応えその持てる多彩な響きを存分に披露、山根のヴァイオリンが情熱的な旋律で寒空を忘れさせてくれた。アンコール2曲目は嘉目も加わり、出演者4人による「愛の歌」で華やかな一夜は幕を閉じた。(毬沙琳)
公演データ
TOPPANホール ニューイヤーコンサート 2026
~1909年製ベーゼンドルファーとの邂逅
1月7日(水)19:00TOPPANホール
ヴァイオリン:山根一仁
ピアノ:川口成彦、兼重稔宏
ソプラノ:嘉目真木子
プログラム
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 へ長調 Op.24「スプリング」
(山根・川口)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
(兼重)
ブラームス:「5つの歌曲」より〝メロディのように〟Op.105-1
ブラームス:「4つの歌曲」より〝永遠の愛とは〟Op.43-1
モーツァルト:クローエにK.524
R.シュトラウス:「最後の花びら」より8つの歌
Op.10-1〝献呈〟/Op.10-8〝万霊節〟
(以上、嘉目・兼重)
シューベルト:4つの即興曲 D.899
ショパン:ワルツ第1番 変ホ長調 Op.18「華麗なる大円舞曲」
ショパン:夜想曲第2番 変ホ長調 Op.9-2
(以上、川口)
アンコール
ブラームス:「ハンガリー舞曲集」より第1番 ト短調
(川口・兼重・山根)
ブラームス:「愛の歌」Op.52より第4曲
(川口・兼重・山根・嘉目)
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。










