藤倉大の雲をイメージした新作初演と若手メンバーの熱演が目を引いたルイージ指揮N響B定期
首席指揮者ファビオ・ルイージが指揮台に立ったNHK交響楽団の12月定期Bプロ。1曲目は藤倉大の新作「管弦楽のためのオーシャン・ブレイカー」の世界初演。
N響の委嘱によって作曲された作品でプログラム誌「フィルハーモニー」に掲載された作曲家自身の特別エッセイによると「この作品のインスピレーションは、ロンドンのギフトショップで見つけた雲に関する本から得ました。その本はおそらく子ども向けのもので、さまざまな雲の形の美しいイラストが満載でした。しかし、僕が最も魅了されたのは、Fluctus(フラクトゥス)と呼ばれる雲の種類でした。この雲は、上部の風が下部の風よりも大幅に速い場合に波状にうねる、海の波に似た雲です。珍しい現象のようです」と説明されている。
この言葉の通り、冒頭、弦楽器のフラジオレットによる高音に管楽器が重なっていき、雲がたなびくような音空間が創出されていく。フランス音楽のような柔らかい響きが各パートに受け渡されていくうちに少しずつ内部にエネルギーを蓄積していき、雲の流れが急になっていくことが音楽から伝わってきた。
休憩時に藤倉本人に初演の感想を尋ねたところ「最初のフワリとした感覚がサントリーホールの音響とも相まってうまく表現されていた」と語っていた。また、フランス音楽的な響きにブーレーズへの追憶が表現されていたのかを問うたところ、それは筆者の見当外れのようであった。練習時間は長くなかったようだが、作曲家の意図に沿った音楽に仕上げたN響の実力の高さについても賞賛していた。なお、N響による藤倉への委嘱は今回が2度目となる。
2曲目はイスラエル出身の若手ピアニスト、トム・ボローをソリストに迎えてフランクの交響的変奏曲。ボローは粒立ちが明瞭なタッチで弾き進めていたが、表現がやや生硬な印象。曲想に応じた音色の変化がもう少しあれば全体的にもっと違って聴こえたように感じた。アンコールで弾いたバッハ(ラフマニノフ編)の無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番(ピアノ版)「ガヴォット」はクリアな粒立ちが奏功し、怜悧(れいり)な中にも繊細なニュアンスが込められた演奏になっていた。
後半はサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。ルイージは壮麗な響きの構築よりもパート間の音量バランスを整えて、深い呼吸感をもって旋律を紡いでいくアプローチ。作品のフォルムが丁寧に構築されており、勢いに任せて音楽を進めることなくドッシリとした安定感を終始維持しながら、クライマックスに向かって端正で美しい盛り上がりを築いていった。この日もルイージの意を受けてオケ全体をけん引していく川崎洋介コンマスやチェロの辻本玲首席らの熱演が目を引いた。世代交代が進みすっかり若返ったN響メンバーたちの熱意が伝わってくる好演であった。
(宮嶋 極)
公演データ
NHK交響楽団 第2052回 定期公演 Bプログラム
12月4日(木)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ファビオ・ルイージ
ピアノ:トム・ボロー
オルガン:近藤 岳
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:川崎 洋介
プログラム
藤倉 大:管弦楽のためのオーシャン・ブレイカー~ピエール・ブーレーズの思い出に~(2025)※NHK交響楽団委嘱作品/世界初演
フランク:交響的変奏曲
サン・サーンス:交響曲 第3番 ハ短調 Op.78「オルガンつき」
ソリスト・アンコール
J.S.バッハ(ラフマニノフ編):無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006(ピアノ版)より「ガヴォット」
他日公演
12月5日(金)19:00 サントリーホール 大ホール
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










