東京二期会オペラ劇場「こうもり」

大人のスパイスを利かせたドタバタ劇! 魅力的な歌唱と演技でプロダクションの妙味を的確に引き出す

ことしはヨハン・シュトラウスⅡ世の生誕200年。東京二期会は日生劇場との共催で、喜歌劇「こうもり」を取り上げた。ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携で2017年に初めて同劇場で上演し、21年にも再演した舞台だ。演出は、ドイツの名演出家で同オーパーやチューリヒ歌劇場で要職を務めたアンドレアス・ホモキ。同じ海外プロダクションの再々演は東京二期会でも珍しいようだが、それだけ繰り返しての上演に耐えうる制作だった、ということになる。ただし、さすがに今回で見納めになるそうだ。

アンドレアス・ホモキ演出、ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
アンドレアス・ホモキ演出、ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

ホモキ演出というと、段ボールを並べた新国立劇場「フィガロの結婚」のように、設定を抽象化して人間模様を徹底的にあぶり出す手法が得意。華やかなウィーン社交界を舞台にした「こうもり」でも同様で、大人のスパイスを利かせながら、床が前傾したアイゼンシュタイン家の居間ですべてが進む。心理描写をあらわす歌い手の所作や立ち位置は緻密に計算され、背面の大きな扉を活用した群衆の出入りが手際いい。みっちり付けられた演技は音楽と深くシンクロし、ドイツのムジークテアター流の色合いが濃い。再々演になっても基本テイストを崩さなかったのは立派だ。

華やかなウィーン社交界を舞台にした「こうもり」。アイゼンシュタイン家の居間ですべてが進む 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
華やかなウィーン社交界を舞台にした「こうもり」。アイゼンシュタイン家の居間ですべてが進む 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

本来の3幕仕立てを2幕に再編して曲順を一部変更し、歌詞はドイツ語、せりふは日本語という座組み。第2幕「シャンパンの歌」の後で休憩となり、後段は客席の照明を付けたまま舞踏会のポルカ「ハンガリー万歳」で始まり、会場全体をストーリーに巻き込んで行く。ラストでは第1幕冒頭の3人が登場する場面に戻り、ドタバタが夢のなかの出来事だったかのように終わる。

左からロザリンデ役の吉田珠代、アデーレ役の高橋維、アイゼンシュタイン役の大沼徹 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
左からロザリンデ役の吉田珠代、アデーレ役の高橋維、アイゼンシュタイン役の大沼徹 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

初日のキャストでは銀行家アイゼンシュタインの大沼徹や、その妻ロザリンデの吉田珠代らベテラン勢が、このプロダクションならではの妙味を的確に引き出した。復讐劇を仕掛ける悪友ファルケが事態の進行を支配する展開なので、初役の黒田祐貴がみせたクールな演唱は強い存在感を放った。父・黒田博に続く親子2代の持ち役となった。前回の上演を経験しツボを押さえたアデーレ役の高橋維は、コケティッシュな魅力を振りまいた。

左からファルケ役の黒田祐貴、オルロフスキー役の一條翠葉、アイゼンシュタイン役の大沼 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦
左からファルケ役の黒田祐貴、オルロフスキー役の一條翠葉、アイゼンシュタイン役の大沼 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:寺司正彦

ピットで新日本フィルのタクトを執ったのは、ハイデルベルク歌劇場などの音楽総監督を務め、今年から札幌交響楽団の首席指揮者に就いたエリアス・グランディ。生きのいい躍動的なドラマをシャープに作り上げ、メリハリを巧みにつけた多彩な表情で魅了した。ベルリンの同オーパーでチェロ奏者だった歌劇場育ちだけに、舞台を見上げて歌手の呼吸に目を配り、大きな身ぶりでリードできるスタイルは強みとなる。次シーズンからプラハ放送交響楽団のシェフにも決まり、オペラとコンサートの両面で、さらに力をつけて行きそうだ。

(深瀬満)

公演データ

東京二期会オペラ劇場「こうもり」

11月27日(木)18:00日生劇場

指揮:エリアス・グランディ

演出:アンドレアス・ホモキ
舞台美術:ヴォルフガング・グスマン
照明:フランク・エヴィン
演出助手:上原真希
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:澤畑恵美
公演監督補:大野徹也

アイゼンシュタイン:大沼 徹
ロザリンデ:吉田珠代
フランク:杉浦隆大
オルロフスキー:一條翠葉
アルフレード:金山京介
ファルケ:黒田祐貴
ブリント:持齋寛匡
アデーレ:高橋 維
イダ:石野真帆
フロッシュ:鹿野由之

合唱:二期会合唱団
合唱指揮:キハラ良尚

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

プログラム
ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」
オペレッタ 全3幕 日本語字幕付原語(ドイツ語)歌唱、日本語台詞上演

他日公演
11月28日(金)14:00、29日(土)14:00、30 日(日)14:00 いずれも日生劇場

※他日公演の出演者等、詳細は公式サイトをご参照ください。
https://nikikai.jp/lineup/fledermaus2025/

Picture of 深瀬 満
深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

連載記事 

新着記事