ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第212回

ジョナサン・ノットが音楽監督として指揮した東響との〝ラスト定期〟で有終の美を飾った

終演後、「ありがとう!ノット監督」などと書かれた布を持ったオケ・メンバーがステージに再登場し音楽監督として黄金時代を築いたジョナサン・ノットに謝意を表した ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール
終演後、「ありがとう!ノット監督」などと書かれた布を持ったオケ・メンバーがステージに再登場し音楽監督として黄金時代を築いたジョナサン・ノットに謝意を表した ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

2014年から東京交響楽団の第3代音楽監督として数々の名演を残し、聴衆からも絶大な支持を集めたジョナサン・ノットが22日(サントリーホール)、23日(ミューザ川崎シンフォニーホール)で監督としては最後となる定例の公演を指揮した。演目は就任記念公演と同じ武満徹のセレモニアルとマーラーの交響曲第9番。23日の公演について報告する。

音楽監督として東響の最後の公演で渾身の熱演を披露したジョナサン・ノット ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール
音楽監督として東響の最後の公演で渾身の熱演を披露したジョナサン・ノット ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

前日のサントリーホールでの公演はSNS等で大評判を呼んでいたが、関係者によるとノットは23日の開演前にもさまざまな手直しを通常と同じく行い、本番に臨んだそうだ。
セレモニアルは笙(しょう、宮田まゆみ)をステージ奥のパイプオルガン前、右寄りに、フルートとオーボエのバンダ(ステージ外の別動隊)3組を3階客席正面と左右の通路にそれぞれ配置。上階でもステージと客席の距離が離れないミューザの音響特性が奏功し、天空から笙や木管の響きが降り注ぎ、ステージ上のオケの音とミックスされ、ノットの細かいリードによって各パートの音量が細密にコントロールされた結果、武満が目指したであろう深遠な音響空間が巧みに醸成されていた。

武満徹「セレモニアル」で笙を演奏した宮田まゆみ ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール
武満徹「セレモニアル」で笙を演奏した宮田まゆみ ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール

休憩を取らずにそのままマーラーへ。マーラーの作品を取り上げた時のノットのアプローチは主旋律や大編成のオケが織りなす厚い和声を前面に打ち出すのではなく、楽曲の構造を整理して、各楽器に割り振られた音符が曲全体の中でどのような役割を担っているかを明示することで、作品に内在するさまざまな魅力に光を当てることだと思う。東響もそうしたノットのやり方を習熟しており、この日も固定概念にとらわれないマーラー9番が披露された。
オケの編成は弦楽器16型で一部管楽器にアシスタントが付いていた。第1楽章は過度に感情に流されることなく、そしていたずらに大音量を追求せずに絶妙なバランスを保ちながらアンサンブルが編まれていく。通常は厚いハーモニーの中に埋もれてしまう木管楽器などの内声部や副旋律を聴き取ることができ、作品の知られざる魅力が徐々に明らかにされていく。第2楽章のレントラーは少し速めのテンポ。主旋律だけに重きを置かないことでのどかさだけでなく、内に秘められたマーラーの不安感が浮き彫りにされた。第3楽章も速めのテンポで、ここから演奏の熱量が高まり始めた。楽章の終盤では熱狂の渦の中で複数の旋律がさまざまな楽器に目まぐるしく受け渡されていく過程が〝可視化〟され、オーケストレーションの妙が立体的に表現される。この終盤でここまでで最大音量が繰り出され、楽章を締めくくった。作品全体の〝キモ〟となる第4楽章では深く歌い込みながら、感情を爆発させるのではなく最終盤の繊細なピアニッシモで作曲家の死への諦念を美しく描き出し、万感のフィナーレを創出した。

ジョナサン・ノットは長年の〝相棒〟である東響をいつも通り細密にリードし固定観念に囚われないマーラー9番を聴かせた ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール
ジョナサン・ノットは長年の〝相棒〟である東響をいつも通り細密にリードし固定観念に囚われないマーラー9番を聴かせた ©平舘平/ミューザ川崎シンフォニーホール
終演後には客席とステージ上のメンバーが一体となって音楽監督を退任するノットに謝意を表した
終演後には客席とステージ上のメンバーが一体となって音楽監督を退任するノットに謝意を表した

終演後は会場全体が盛大な喝采とブラボーに包まれ、オケ退場後も鳴りやむことはなく、再度舞台に姿を現したノットとともに東響メンバーも「ありがとう!ノット監督」などと書かれた布を手に再入場。ステージ上からも拍手を贈った。楽員、聴衆双方からここまで盛大に感謝の意を示されて退任する音楽監督は世界的にも珍しいだろう。ノット時代の12年間がいかに充実していたかを象徴する光景であった。
(宮嶋 極)

公演データ

ミューザ川崎シンフォニー―ル&東京交響楽団 名曲全集全212回

11月23日(日・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
笙(しょう):宮田 まゆみ
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小林 壱成

プログラム
武満 徹:セレモニアル
マーラー:交響曲第9番ニ長調

※音楽監督としてのジョナサン・ノットと東京交響楽団の公演
〇12月28日(日)14:00、29日(月)14:00 サントリーホール
東京交響楽団 特別演奏会「第九」 2025

〇12月31日(水)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
MUZAジルベスターコンサート2025

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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