44年にわたって共演を積み重ねてきたからこそ実現したブロムシュテットとN響による珠玉のブラームス
桂冠名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットがABC3プログラムを振ったNHK交響楽団の10月定期公演の締めくくりとなるCプロ2日目を聴いた。98歳のブロムシュテットはこの日もよどみなくオケをリードし、彼ならではの〝無私の音楽〟を聴かせ、満員の聴衆を魅了した。関係者によると「ここ数年の来日の中でも最もお元気だった」そう。来年も10月に来日しブラームスとブルックナーを指揮することが発表されている。
この日はオール・ブラームス・プロで、前半はレイフ・オヴェ・アンスネスを独奏にピアノ協奏曲第2番。アンスネスはブロムシュテットがこのところ、最も多く共演しているピアニストである。演奏を進める上で両者の呼吸は自然と嚙(か)み合っているように見え、信頼関係の厚さが窺える。それが演奏全体にも反映され、温かみを感じさせる響きとソリストとオケの間の旋律のやり取りはスムーズ。アンスネスのタッチは柔らかめで、最近の若手ピアニストの怜悧なサウンドとは一線を画するものがあり、それがこの作品によくマッチしていた。
特筆すべきは第3楽章。ピアノとチェロ首席(辻󠄀本玲)のソロ、それを支えるクラリネット首席(伊藤圭)はそれぞれが絶妙な音量バランスで弾き進め、弦楽器全体の弱音のトゥッティに繋(つな)げていく流れは繊細な美しさにあふれていた。
メインは交響曲第3番。ブロムシュテットとN響はこの作品を2019年にも演奏しているが、その時よりも表現のメリハリが強くなった印象。第1楽章の主題提示部は壮大な構えを構築し、繰り返した2回目は一部で音量を落としてデリケートに描き直す。この曲のモットーとされるF-As-Fの音型を必要以上に強調するのではなく、主調(ヘ長調)の響きの特質や旋律の流れの自然さの表出に重きを置いたアプローチに感じられた。
ブロムシュテットとは今年の最終共演とあってオケ・メンバーの熱量はかなり高め。特に第4楽章前半はコンマスの川崎洋介の熱演にリードされてオケ全体の燃焼度がグンと高まった結果、超高齢のマエストロが指揮しているとは信じられないような活発なアンサンブルが繰り広げられた。最終盤、ヘ長調に戻って第1楽章の第1主題が再現される箇所は秋の夕景を見るような麗しさで、穏やかな雰囲気を湛(たた)えて全曲を締めくくった。
今や世界の名門オケから引っ張りだこのブロムシュテットだが、44年にわたって共演を重ねてきたN響は彼の〝語法〟を最も会得しているオケのひとつといえよう。メンバーが大幅に若返った今もそれが伝統として確かに受け継がれていることを示す名演であった。
(宮嶋 極)
公演データ
NHK交響楽団 第2047回定期公演 Cプログラム
10月25日(土)14:00 NHKホール
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:川崎 洋介
プログラム
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調Op.90
ソリスト・アンコール
ショパン:24の前奏曲から第8番嬰ヘ短調Op.28-8
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










