ウィーン国立歌劇場日本公演 リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」

ウィーン国立歌劇場でしか味わえない唯一無二の「ばらの騎士」

ウィーン国立歌劇場日本公演、リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」初日。この劇場、とりわけ事実上のウィーン・フィルである同劇場管弦楽団が紡ぎ出すサウンドは、この作品の世界観そのものを体現する素晴らしさであった。

オットー・シェンク演出、リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」photo: Kiyonori Hasegawa
オットー・シェンク演出、リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」photo: Kiyonori Hasegawa

1968年4月にプレミエされたオットー・シェンクによるプロダクション。日本のファンにとっては94年10月の来日公演におけるカルロス・クライバー指揮による伝説のステージが今でも語り草になっている。
出演者の側もそうした〝伝説〟は知っているようで、あるオーケストラ・メンバーは公演前に「日本の観客の皆さまに満足していただけるよう94年の演奏を超えることを目指して取り組んでいる」と意気込みを語っていた。実際、31年を経て日本での再演となったこの日のステージは古びて感じるようなことは一切なかった。その最大の功労者はやはりオケであろう。ピットを覗くと弦楽器の編成は変則14型で、コンマスはライナー・ホーネックとアルベナ・ダナイローヴァ(主催者表記=ダナイロヴァ)の2人態勢という力の入った布陣で臨んでいた。

日本では31年ぶりの再演となるプロダクションだが、万全の布陣で臨んだオーケストラが功を奏し、古びて感じるようなことは一切なかった photo: Kiyonori Hasegawa
日本では31年ぶりの再演となるプロダクションだが、万全の布陣で臨んだオーケストラが功を奏し、古びて感じるようなことは一切なかった photo: Kiyonori Hasegawa

指揮はこの夏まで同歌劇場の音楽監督を務めていたフィリップ・ジョルダン。有名な「オックス男爵のワルツ」をはじめ要所で物語や歌詞に沿って主旋律だけでなく中・低弦が奏でる対旋律や内声部の木管楽器などに光を当てる彼のスタイルが奏功し、和声の新しさが強調されることによって過去の名演の数々が現代風に〝上書き〟されたような印象を受けた。その一方で、他のオケには絶対真似のできないこのオケならではの響きの質感も健在。強弱の幅が広く取られ、特に弱音は息を飲むほどの美しさであった。こうした音楽作りによってさまざまなモティーフが浮き彫りにされて聴こえるのだが、舞台上の歌唱や演技としっかりシンクロしているのも、さすが年間300回以上の公演をこなすオケのなせる業と感心させられた。

元帥夫人(カミラ・ニールント、左)とオックス男爵(ピーター・ローズ、中央) photo: Kiyonori Hasegawa
元帥夫人(カミラ・ニールント、左)とオックス男爵(ピーター・ローズ、中央) photo: Kiyonori Hasegawa

歌手陣のレベルは総じて高く、特に元帥夫人を演じたカミラ・ニールント(主催者表記=ニールンド)の第1幕終盤のモノローグからオクタヴィアンとの対話を経て幕切れに至るまでの声量を抑えた繊細な表現は、オケの美しい弱音とも相まって聴く者の心に強く訴えかけるものがあった(休憩時に知人のご婦人は感動のあまり涙を流していた)。オクタヴィアンのサマンサ・ハンキーはよくありがちな男性を強調するあまりに声を必要以上に張るようなことなく、元帥夫人やゾフィー(カタリーナ・コンラディ、主催者表記=カタリナ)とのアンサンブルを重視したクレバーな歌唱と演技に好感が持てた。もう一人の主役オックス男爵を演じたピーター・ローズは低域が冴える歌唱もさることながら、どこか憎めない役作りが光った。第3幕、ついにあきらめて退場するシーンでは「ロイポルト、帰りましょう」と日本語で叫び客席の笑いを誘っていた。

ゾフィー(カタリーナ・コンラディ、左)とオクタヴィアン(サマンサ・ハンキー、右) photo: Kiyonori Hasegawa
ゾフィー(カタリーナ・コンラディ、左)とオクタヴィアン(サマンサ・ハンキー、右) photo: Kiyonori Hasegawa

最終盤の三重唱、二重唱を経て幕が閉じると、しみじみとした感動が沸き上がってくるウィーン国立歌劇場のステージでしか味わえない唯一無二の「ばらの騎士」であった。

(宮嶋 極)

公演データ

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演「ばらの騎士」

10月20日(月)15:00 東京文化会館 大ホール

プログラム
リヒャルト・シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」(全3幕、日本語・英語字幕付き)

指揮:フィリップ・ジョルダン
演出:オットー・シェンク
装置:ルドルフ・ハインリッヒ
衣裳:エルニ・クニーベルト
合唱指揮:マーティン・シェベスタ
演出補:ピーター・パッヘル

陸軍元帥ヴェルテンベルク侯爵夫人:カミラ・ニールント(主催者表記=ニールンド)
オックス男爵:ピーター・ローズ
オクタヴィアン:サマンサ・ハンキー
ゾフィー:カタリーナ・コンラディ(主催者表記=カタリナ)
ファーニナル:アドリアン・エレート
マイアンネ:レギーネ・ハングラー
ヴァルザッキ:トーマス・エベンシュタイン
アンニーナ:ステファニー・メイトランド
警官:ヴォルフガング・バンクル
歌手:エンジェル・ロメロ
ほか

合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団、NHK東京児童合唱団
管弦楽:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
コンサートマスター:ライナー・ホーネック、アルベナ・ダナイローヴァ(主催者表記=ダナイロヴァ)

他日公演
10月22日(水)15:00、24日(金)15:00、26日(日)14:00
東京文化会館 大ホール

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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