生気みなぎる98歳の指揮で聴く北欧音楽の真髄
ヘルベルト・ブロムシュテットは1927年生まれの超高齢ながら毎年10月、桂冠名誉指揮者のポストを持つNHK交響楽団と共演するために日本を訪れる。昨年まではコンサートマスターの肩を借りての出入りだったが、98歳の今年はカートを押し、指揮台の椅子に座るまでをほぼ自力でこなした。3プログラム全6回の公演の初日はB定期。ノルウェーのグリーグ、デンマークのニルセン、フィンランドのシベリウスと、スウェーデン系アメリカ人のマエストロが長く最も得意とする北欧音楽の特集だ。

10型(第1ヴァイオリン10人)弦楽アンサンブルの美しく磨き抜かれた響きとともに「ホルベアの時代から」が始まると手の動きの俊敏さ(指揮棒は持たない)、切れ味、リズムの躍動感が際立ち、前年より明らかに若く引き締まった音楽である実態に驚いた。緩めるところは緩め、締めるところは締め、大きな起伏へと導く手綱さばきは見事だ。コンサートマスター郷古廉、ヴィオラ村上淳一郎ら首席奏者のソロも巧(うま)い。

マエストロより60歳年少のスイス人フルート奏者、セバスティアン・ジャコーは2014年のニルセン国際フルートコンクールの優勝者という縁もあり、ニルセンの独奏に起用された。高い技巧と十分な音量を備えつつ、ふくよかな美音でじっくり語りかけるソロは、ニルセンの「聖と俗」ないまぜの世界を鮮やかに再現する。管弦楽の解像度も高い。ブロムシュテットは多彩なニュアンスを克明に描き分け、ソロとの掛け合いの呼吸にも抜かりがない。N響の木管、金管の首席奏者たちの名人芸まで、存分に引き出した。
サイトウ・キネン・オーケストラの常連でもあるジャコーは日本語で「ありがとうございます」と礼を述べ、味わい深い「シランクス」をアンコールに吹いた。

後半はシベリウスの交響曲第5番。編成は16型に拡大した。悠久の時空の広がりを想起させる第1楽章の中から、生命誕生を思わせるエネルギーが立ち上る。第2楽章に入るとN響の弦の音色が一段と北欧のオーケストラに接近、フィンランドの民族色もくっきりと浮かび上がらせる。第3楽章の急速な開始においてもフレージングの息の長さは保たれ、第2主題の情感も十分に歌いこむ。大詰めに向かうラルガメンテ・アッサイ(十分に、たっぷりと)のスケールはとてつもなく大きく、最後の6つの和音連打の切れ味は抜群、鬼気迫るものさえ漂わせた。巨大なシベリウスの音楽である。
(池田卓夫)

公演データ
NHK交響楽団 第2045回 定期公演Bプログラム
10月9日(木)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
フルート:セバスティアン・ジャコー
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古廉
プログラム
グリーグ:組曲「ホルベアの時代から」Op.40
ニルセン:フルート協奏曲
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 Op.82
ソリスト・アンコール
ドビュッシー:シランクス
他日公演
10月10日(金)19:00サントリーホール 大ホール

いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。