平和を希求する世界初演作と新味に溢れた「四季」

「ボンジョルノ!私たちはイ・ムジチです。本日の公演に来てくださってありがとう…」。開演前のホールに女性の声が響く。歌うようなイタリア語だ。影アナの声の主はヴァイオリンのイウティータ・アムザ。続いて日本語の通訳も流れたが、まさに当公演にふさわしいメッセージだった。「広島、長崎の原爆投下から80年。特別な思いと祈りを音楽に託して皆様と分かち合いたい。決して忘れないために」。
1曲目はイタリアの古い調べをもとにしたレスピーギの組曲。弦楽合奏の柔らかな音色と洗練されたフレージングは、気品を湛(たた)えていると同時にどこか枯れた味わい。「シチリアーノ」などで時折情熱の炎を上げるが、総じて弱音の世界だ。続くショスタコーヴィチの小品集はペッキアによるピアノと弦楽合奏曲版で、その演奏は南欧風の親しみやすさとひと肌の温もりが感じられる。

前半のハイライトは間違いなく、3曲目のマルコトゥッリオの「二輪の花」。イ・ムジチは今回の来日公演に際して〝被爆80年〟のための新作を世界中で募集、審査の末に選ばれた曲だからだ(この日本公演が世界初演)。作曲家はイタリア出身。ヴァイオリンと作曲を学び、現在は映画音楽などを手掛けているという。穏やかな朝の情景に始まり、原爆の爆発と破壊、それが引き起こす人々の痛みと悲しみ、そして再生が、イタリアの人らしいよく歌う旋律と情感を伝える和声とともに濃(こま)やかな筆致で描かれる。作品への共感に満ちた精度の高い演奏で聴後に爽やかな感動を与えた。演奏後、フィオリーニに促されて客席の作曲者が立ち上がり、聴衆の喝采に応えた。そして「ルーマニア民俗舞曲」で前半を終えたが、後半の「四季」が素晴らしかった。

ここでは6年前からコンサートマスターを務めるフィオリーニの本領がいかんなく発揮。明るい艶やかな音色と音楽的な音程、精妙なアゴーギクと洗練された歌い回しで、なによりも楽譜にない即興的なパッセージが洒落(しゃれ)ている。この点は通奏低音のチェンバロも同様。春夏秋冬のどの楽章も、表現の意図が明確で新鮮味があるが、過度にならず、全体に美しい調和が保たれている。アンサンブルの精度の高さはいうまでもない。とりわけトゥッティで響きがひとつになったときの音量のバランスが絶妙。モダン楽器の上質な弦楽合奏とバロックの即興精神が見事に結合した秀演だった。これまで録音や実演で幾度となく彼らの「四季」を聴いてきたが、このような演奏は初めて。さすが、イ・ムジチ、結成74年の実力だ。アンコールの蓮池美侑の「INORI」は今回の応募作の一つで、「君が代」が引用された印象深い作品だった。
(那須田務)

公演データ
イ・ムジチ合奏団JAPAN TOUR 2025 東京公演
9月19日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
演奏:イ・ムジチ合奏団
ヴァイオリン・ソロ:マルコ・フィオリーニ
プログラム
レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲
ショスタコーヴィチ(L・ぺッキア編):5つの小品
A・マルコトゥッリオ:二輪の花(広島・長崎被爆80周年に捧げる新作/2025)
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲Sz.56
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」
アンコール
蓮池 美侑:INORI-beyond silence(弦楽合奏)
ヴィヴァルディ:弦楽のための協奏曲イ長調RV158から第1楽章
山田 耕作:赤とんぼ
ヴィヴァルディ:弦楽のための協奏曲ト長調RV151「アル・ルスティカ」から第3楽章

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。