フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025 下野竜也指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 下野セレクトの本命プログラム!

ノスタルジックな旋律を格調高く〜下野竜也の新境地

下野竜也(1969年生まれ)は2000年の東京国際音楽コンクール、翌年の仏ブザンソン国際指揮者コンクールのダブル優勝で一線に躍り出て、四半世紀となる。2017年に広島交響楽団音楽総監督(現在は桂冠指揮者)として初の「シェフ」ポストを得て以降、一段と確信に満ちた音楽づくりをみせるようになったが、今回、日本フィルとの「本命プログラム」では、さらなる芸風の進化を予感させた。

下野竜也が、日本フィルハーモニー交響楽団と「本命プログラム」に挑んだ ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
下野竜也が、日本フィルハーモニー交響楽団と「本命プログラム」に挑んだ ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

創立指揮者の渡邉曉雄は日本フィル発足(1956年)と同時に日本人作曲家への新作委嘱を「日本フィル・シリーズ」として立ち上げ、オーケストラは現在までに42作の世界初演を行った。小山清茂の「鄙歌(ひなうた)第2番」は第27作に当たり、1978年初演。下野は4つの部分のノスタルジックな日本情緒、土俗的踊り、リズムの爆発、和太鼓の活気を的確に描き分け、日本フィルのアイデンティティーを改めて聴衆の前に示した。

すでに中堅の域に達した宮田大(1986年生まれ)は他のチェロ奏者と全く違う、独自の音の色と感触の世界に存在する。サン=サーンスであっても無理に洒脱なフランス流儀を模倣せず、太く温もりのある音で堂々と奏で、瞑想(めいそう)的な楽想のところはどこまでもたっぷり、深く歌い込む。第3楽章に至っても弾き飛ばさず、上から下までムラのない音で魅了した。アンコールの無伴奏「白鳥」は、ほとんど祈りの音楽のように聴こえた。

サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番でソリストを務めた宮田大 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番でソリストを務めた宮田大 ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

管弦楽にはもう少し色気があっても良いと思ったが、ドヴォルザークの「交響曲第8番」を聴いた後で振り返ると、それは、目下の下野に起きつつある芸風の変化の裏返しだと理解できる。少し前の下野は、どの楽団を相手にしてもアンサンブルを手際よく整え、ダイナミックな音響を引き出す剛腕で重宝がられていた。ところが今回、日本フィルとのドヴォルザークでは、マッチョな力感は「ここぞ」の一瞬だけにとどめ、プレトークで「絶対にシャイな好人物だったと思います」と語った作曲家像を彷彿(ほうふつ)とさせる素朴な音色感、かつてテレビCFにも使われた第3楽章のノスタルジックな旋律でも格調高く歌わせてシンフォニーの規(のり)を堅持する様式感などを通じ、新たな境地をみせた。最終楽章でも動と静を巧みに対比させながらオーケストラの熱量を次第に上げ、エネルギッシュなコーダで客席の熱狂を誘った。日本フィルも下野の指揮によく応え、弦楽器はパワフル、木管と金管のソロも妙技の連続だった。

ドヴォルザークの「交響曲第8番」で、下野は日本フィルとともに新たな境地をみせた ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール
ドヴォルザークの「交響曲第8番」で、下野は日本フィルとともに新たな境地をみせた ©池上直哉/ミューザ川崎シンフォニーホール

アンコールは下野が広響時代に編曲したプーランクの歌曲「平和のためにお祈りください」。第二次世界大戦前夜の1938年、シャルル・ド・オルレアン(1394-1465)の詩に平和への祈りを込めて作曲した作品を演奏するのに先立ち、下野はマイクを持って現れ「今日は8月9日ですから」とだけ、選曲の背景を語った。1945年8月6日の広島に続き、9日は長崎に原子爆弾が投下された日であり、今年はその80周年に当たった。
(池田卓夫)

公演データ

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
日本フィルハーモニー交響楽団 下野セレクトの本命プログラム!

8月9日(土)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:下野竜也
チェロ:宮田大
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:扇谷泰朋

プログラム
小山清茂:管弦楽のための鄙歌第2番
サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番 イ短調Op.33
ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調Op.88

ソリスト・アンコール
サン=サーンス:「白鳥」(無伴奏チェロ版)

オーケストラ・アンコール
プーランク(下野竜也編曲):平和のためにお祈りください

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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