夏のオーケストラの祭典を彩った究極の愛の讃歌
沼尻竜典と神奈川フィルハーモニー管弦楽団がフェスタサマーミューザでメシアンの「トゥランガリーラ交響曲」を取り上げた。共演は、名匠原田節(オンド・マルトノ)と現代音楽で特異な才能を発揮する北村朋幹(ピアノ)。プレトークで沼尻と原田が登壇。「(この曲は)宇宙を揺るがす愛の讃歌」(沼尻)、「(オンド・マルトノは)限りなく生の楽器に近いから弾き手次第で変わる」「一人で練習していても癒やされる楽器」(原田)の言葉が印象的だった。

第1楽章「序奏」、沼尻の気合一閃(いっせん)、フォルティッシモによる弦の運動から金管群による和声的音型、「彫像の主題」へとメシアンの絢爛(けんらん)たる交響的世界に誘われる。リズムや楽想の性格が極めて意志的かつ明確に示され、多層的なテクスチャーが立体的に感じられる。ピアノとオンド・マルトノはオーケストラに同化しつつ、常にその瞬間にふさわしい音を創造していくのだが、北村は考えぬかれた音が新鮮だし、原田は存在感がハンパでない。

第2楽章「愛の歌 第1」は強動・弱静の対照を大きくとり、地上的な愛と天国的な愛が意識されるものの、そこには分断はない。
第 3楽章「トゥランガリーラ第1」の注目の二重奏は木管楽器にいささか集中度を欠いたが、その後のリズムと音色の変化が鮮やか。
第4楽章では楽曲のユニークでユーモラスな性格が際立つとともに、とくにウッドブロックのリズムが楽しい。こうした音やリズムの愉悦はこの演奏の大きな魅力で、第5楽章「星々の血の喜び」は音そのものが喜びにはじける。
第6楽章「愛の眠りの園」が絶品。弦とオンド・マルトノの創り出す柔らかな響きのベールと静寂の中で奏でられるピアノの爪弾きは、さながら夢見る小鳥の啼(な)き声。いつまでも続いてほしいと願わずにいられない甘美で幸福な時間だった。

不安の影と恐怖の忍び寄る第7楽章、圧倒的なコーダにしばらく身動きができない第8楽章、フィナーレの前の静けさの第9楽章、そして終楽章で100人を超える大オーケストラ全員が愛の勝利を高らかに歌い上げ、強烈なクレッシェンドとともに全曲を閉じた。沼尻の指揮は意図が明確で安定感があり、何より明るい。先鋭で活きのよいコンサートマスターの石田泰尚ら神奈川フィルと原田と北村という最良の共演者が一体となることでホールに出現した愛の讃歌は、作曲の経緯はどうであれ、個人的なラブソングを超えて普遍的な「人間愛」の音楽であることを実感した。やはりこのような感動はホールでなければ味わえない。
(那須田務)

公演データ
フェスタ サマーミューザKAWASAKI 2025
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 宇宙を揺るがす愛の讃歌「トゥランガリーラ交響曲」
8月8日(金)19:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:沼尻竜典
オンド・マルトノ:原田節
ピアノ:北村朋幹
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:石田泰尚
プログラム
メシアン:「トゥランガリーラ交響曲」

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。