神奈川フィルハーモニー管弦楽団 Dramatic Series ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」(セミステージ形式)

ゴージャスな「ラインの黄金」、〝ワーグナー指揮者沼尻〟の成熟を示す

沼尻竜典指揮神奈川フィルによる「ラインの黄金」のワンシーン。神々の長ヴォータンを演じた青山貴(左)とその正妻フリッカ役の谷口睦美 撮影:藤本史昭
沼尻竜典指揮神奈川フィルによる「ラインの黄金」のワンシーン。神々の長ヴォータンを演じた青山貴(左)とその正妻フリッカ役の谷口睦美 撮影:藤本史昭

ワーグナー「ニーベルングの指輪(リング)」4部作通し上演が日本で初めて実現したのは1987年10〜11月の横浜、ベルリン・ドイツ・オペラ日本公演(ゲッツ・フリードリヒ演出)だった。会場の神奈川県民ホールは横浜で唯一、ワーグナーの舞台上演が可能な施設だったが、2025年3月末で閉館。その先行きを危ぶむ声も消えないなか、地元の神奈川フィルが「リング」の序夜に当たる「ラインの黄金」を、みなとみらいホールのセミステージ形式(簡単な演技と照明を伴う)で上演したのは快挙といえる。

ワーグナー指揮者としての実力を示した神奈川フィル音楽監督・沼尻竜典 神奈川フィルホームページから
ワーグナー指揮者としての実力を示した神奈川フィル音楽監督・沼尻竜典 神奈川フィルホームページから

2022年から同フィル音楽監督を務める沼尻竜典は滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールの芸術監督だった2017〜20年、関西圏初の「リング」4部作連続上演(ミヒャエル・ハンペ演出)を指揮したのをはじめ、単発でも何度か手がけ作品に通暁している。今回は16型(第1ヴァイオリン16人)の管弦楽にハープが舞台上に6台、2階オルガン脇に1台と大編成を組み、金床の音を鳴らす打楽器をオルガンの真下に9人も並べた。当然、クライマックスではゴージャスな音響が爆発するが、沼尻の視線はそこだけに注がれたわけではない。弦をどこまでも柔らかく歌わせ、ほの暗くメロウな音色を保ってストーリーをじっくりとひも解いていく歩みにワーグナー指揮者としての成熟、4年目に入った神奈川フィルとの共同作業の成果をはっきりと示した。

第3場、ニーベルハイムの場面ではニーベルング族が打ち鳴らす金庄をパイプオルガンの下で9人もの打楽器奏者が演奏した 撮影:藤本史昭
第3場、ニーベルハイムの場面ではニーベルング族が打ち鳴らす金庄をパイプオルガンの下で9人もの打楽器奏者が演奏した 撮影:藤本史昭

キャストは「びわ湖リング」からの継続組、新しい顔ぶれが半々くらいの配合だった。ヴォータンの青山貴は最後まで明晰(めいせき)なディクションとともにパワーを保ち、ドイツ語圏のキャリアの長い澤武紀行の自由闊達(かったつ)なローゲとの対照も鮮やかに演じた。巨人兄弟、ファーゾルトの妻屋秀和とファフナーの斉木健詞は同じバスの声域ながら音色が大きく異なり、それぞれの個性を十分に発揮できた。ドンナーの黒田祐貴は発声が一段と鮮明になり、フローの韓国人チャールズ・キムの美声とうまく噛(か)み合った。フリッカの谷口睦美、エルダの八木寿子をはじめとする女声チームも3人のラインの乙女に至るまで、高い水準の歌唱でそろっていた。

第1場ライン川の川底の場面 志村文彦(左)演じるアルベリヒとラインの乙女たち。女声陣も高水準の歌唱を披露した 撮影:藤本史昭
第1場ライン川の川底の場面 志村文彦(左)演じるアルベリヒとラインの乙女たち。女声陣も高水準の歌唱を披露した 撮影:藤本史昭

残念だったのはアルベリヒの志村文彦、ミーメの高橋淳の2人が明らかに声楽的ピークを過ぎ、第3場「ニーベルハイム」の流れがかなり停滞してしまったこと。特に志村は1人だけ楽譜を見ながら歌い、客席最前列に座った副指揮者もキューを出し続け、呪いの決め台詞の重要場面以外は高音域にしばしばファルセットを交えるなど、明らかに不調だった。今年4月の東京・春・音楽祭2025の「こうもり」(ジョナサン・ノット指揮)のフロッシュ役は絶品だったので、一時的なコンディションの波だと考えたい。

(池田 卓夫)

終演後、客席からは盛大な喝采が巻き起こった 撮影:藤本史昭
終演後、客席からは盛大な喝采が巻き起こった 撮影:藤本史昭

公演データ

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 Dramatic Series 
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」(セミステージ形式)

6月21日(土)17:00 横浜みなとみらいホール大ホール

指揮:沼尻 竜典(音楽監督)
ヴォータン:青山 貴
ドンナー:黒田 祐貴
フロー:チャールズ・キム
ローゲ:澤武 紀行
ファーゾルト:妻屋 秀和
ファフナー:斉木 健詞
アルベリヒ:志村 文彦
ミーメ:高橋 淳
フリッカ:谷口 睦美
フライア:船越 亜弥
エルダ:八木 寿子
ヴォークリンデ:九嶋 香奈枝
ヴェルグンデ:秋本 悠希
フロースヒルデ:藤井 麻美
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:扇谷 泰朋(ゲスト)

プログラム
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」(セミステージ形式)

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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