音にこだわったメナの指揮が異彩を放ったN響6月定期Aプログラム
NHK交響楽団の6月定期公演Aプログラム。当初はウラディーミル・フェドセーエフが指揮する予定だったが、体調不良で来日が叶わず、翌週のBプロに出演するスペイン出身の名匠フアンホ・メナが代わって指揮台に立った。演目はフェドセーエフのオール・ロシアものをそのまま引き継いだ。

1曲目、リムスキー・コルサコフの歌劇「5月の夜」序曲からメナの音作りの特徴が如実に表れていた。いつにも増してオケ全体が開放的に鳴っていたからだ。響きの重心はいつものN響に比べると少し高めに感じた。
2曲目はロシアのピアニスト、ユリアンナ・アヴデーエワをソリストに迎えてラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲。アヴデーエワのピアノはロシア・ピアニズムならではの力強いタッチと高い技術に裏打ちされた音の粒の均一性が素晴らしい。メナはロシア流の濃密な叙情性よりも主旋律のリズムの躍動感を重視しているような音楽運び。アヴデーエワもリズムのキレを出すためなのか、全曲にわたって左足で拍やフレーズの頭を足踏みしてオケの演奏にシンクロさせていたのが目に付いた。ちなみにソリスト・アンコールで演奏されたチャイコフスキーの18の小品から第5曲「瞑想曲」では曲想の違いはあるものの、1度も足踏みはしなかった。

メインのチャイコフスキーの交響曲第6番ではメナ流のオケの鳴らし方がより一層顕著になった。金管楽器をかなり強めに演奏させ、主旋律を吹いている時以外のいくつかの箇所でも同様の強奏が行われ、その結果、ハーモニーの音の構成を分離して聴かせるようなユニークな効果がもたらされた。テンポは全体に少し遅め、ルバートをかけて表情付けをすることはなかった。金管以外にも通常はあまり聴き取ることができない特定のパートの音をクローズアップして強調することで、聴きなれたこの作品からまったく別の表情を浮かび上がらせたのが興味深かった。(譜面を見ながら聴いていたわけではないので、不確かだが音の強弱も含めて楽譜とは少し異なることをさせていた可能性も…)
いずれにしても音や響きに強いこだわりを示すメナの指揮は、彼が薫陶を受けたセルジュ・チェリビダッケの影響を感じさせるものでもあった。
なお、メナは今年の初めに自らのSNSで、アルツハイマー症と診断されたことを公表している。しかし、オケをコントロールし自らの個性を反映させたこの日の演奏に、病を感じさせる兆候はなかった。少しでも長くこうした状態が続くことを願わずにはいられない。
(宮嶋 極)

公演データ
NHK交響楽団 第2039回定期公演Aプログラム
6月7日(土)18:00 NHKホール
指揮:フアンホ・メナ
ピアノ:ユリアンナ・アヴデーエワ
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古 廉
プログラム
リムスキー・コルサコフ:歌劇「5月の夜」序曲
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲Op.43
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴」
ソリスト・アンコール
チャイコフスキー:18の小品Op.72から第5曲「瞑想曲」
※他日公演
6月8日(日)14:00 NHKホール

みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。