芸術家3兄妹のコラボによる深遠な芸術空間が創出された千住真理子のデビュー50周年記念公演
ヴァイオリニストの千住真理子が10日、デビュー50周年を記念して2人の兄、千住博(画家)と千住明(作曲家)とのコラボレーションによる特別企画「千住家の軌跡」を東京オペラシティコンサートホールで開催した。

公演は2部構成で、前半は「音楽家、美術を語る 美術家、音楽を語る」のタイトルでフリーアナウンサーの近藤サトが司会を務め、3兄妹による座談会。東京で3人そろってステージに立つのは実に25年ぶりのことだという。1975年1月、NHK主催の第1回「若い芽のコンサート」に12歳でソリストとしてN響と共演しデビューした真理子は半世紀にわたって第一線で活躍し続けることができた原動力を問われ、「何よりヴァイオリンが大好きなこと、そして両親、兄たち家族の温かい支えがあってこそ、落ち込んだ時も立ち直ることができたから」との趣旨の答えで兄に感謝の気持ちを伝えた。

第2部は真理子がソロを務め、次兄・明の指揮、元NHK交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者の永峰高志を中心とする弦楽アンサンブルによる演奏で明の作品を年代順に披露。ステージ奥には大きなスクリーンが設えられて、そこに長兄・博の絵画と映像作品が投影されるという文字通り3兄妹コラボによる芸術空間が創出された。
最終曲の「地・水・火・風・空 Ⅴ」は元々2011年にNHKの映像番組のために作曲された作品だが、その後、改訂を重ねて今回は兄2人から真理子への贈り物として映像付き作品へとさらなる改訂が行われた。映像は博が手掛けた高野山真言宗金剛峯寺の襖絵(ふすまえ)にも通底する水墨画のようなタッチで木々や岩山、流れ落ちる滝などを俯瞰(ふかん)していくような作品。兄妹は「この会場に両親、大師さま(弘法大師空海)もいるように感じる」と言いながら演奏を開始。力が入り過ぎたのか終盤でアンサンブルが乱れるハプニングが発生。明は演奏を止めて客席に向かって「1拍ずれてしまいました。ごまかして続けることもできるのですが、完璧な形で演奏したいのでアタマからやり直させてください」と説明。客席からは大きな拍手が沸き起こり、音楽とともに映像も最初から再生されたことで観客・聴衆はより深く作品の世界観に触れることにもつながった。

この日、筆者が最も印象に残ったのは真理子のヴァイオリンの豊かな鳴りであった。愛器のストラディヴァリウス・デュランティを完全に〝自分のもの〟にした感じで、美しい音色でたっぷりと鳴る彼女のヴァイオリンは半世紀にわたる音楽人生の重みを実感させてくれる響きであった。
(宮嶋 極)
公演データ
千住真理子 デビュー50周年 記念企画
千住家の軌跡 芸術家三兄妹のコラボレーション
5月10日(土)16:00 東京オペラシティ コンサートホール
ヴァイオリン:千住 真理子
作曲・指揮:千住 明
絵画・映像:千住 博
弦楽合奏:N響のメンバーによるアンサンブル
コンサートマスター:永峰 高志(元N響第2ヴァイオリン首席奏者)
司会:近藤 サト
プログラム
千住 明:「彩霧」ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の,1994
千住 明:「四季」ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の,2004
千住 明:「地・水・火・風・空 Ⅴ」ソロヴァイオリンとアンサンブルの為の,(2011~)2025
アンコール
千住 明:ヴァイオリンとストリングオーケストラのための「ララバイ」
※他日公演
5月18日(日)14:00 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
5月20日(火)18:45 愛知県芸術劇場コンサートホール

みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。