純度の高い芥川とブリテン、西欧の上質なピアニズムとともに奏でられたブラームス
日本フィルの5月の東京定期の1曲目は芥川也寸志の「エローラ交響曲」。西耕一氏のプレトークに芥川也寸志夫人の真澄氏がステージに登場。芥川がサントリーホールの響きを好み、高く評価していたと回想し、同ホールで作品が演奏されることへの感謝と期待を述べた。

その「エローラ交響曲」は、芥川がインドの同名の石窟寺院に霊感を得て書いた、いわゆる〝引き算の音楽〟。連続する20の楽章からなる初演版ではなく、後年の15の楽章版だ。ウォンはいつものように強い集中度と無駄のない動きでオーケストラから純度の高い響きを引き出す。「女性的」「男性的」性格の楽章の連続と交代のなかで浮かび上がる、リリカルな旋律の断片や祭り囃子(ばやし)を連想させるフルートと小太鼓が新鮮。明快で繊細かつ力強い表現とともに、芥川の創作の大きな転換期となった記念碑的な作品がサントリーホールに新たな生命を得た瞬間だった。
続いてブリテンのバレエ音楽「パゴダの王子」。マシューズ&ウォンによる組曲版で物語に沿って楽曲が厳選。ここでもウォンの統率力が発揮される。ローズ姫の旋律はもう少し緊張が解けてもいいと思うが、輝かしいトランペットのファンファーレや第2幕で翼の生えたカエルに連れられたローズ姫が急降下し、急上昇するさまを思わせる弦の動き、まさしくガムランを彷彿させるピアノと打楽器群による絢爛(けんらん)たるサウンドなど、同曲のエッセンスを堪能。

後半はイギリス出身の実力派ピアニスト、ハフをソリストに迎えたブラームスの協奏曲。ここでのハフのピアノは、ザルツブルク・モーツァルテウム管やBBC交響楽団と共演したディスクの力強いヴィルトゥオジティとは違う。知的で抑制されていて、どこか枯れた味わいすら感じさせる。第1楽章冒頭、オーケストラの方をじっと見つめてから弾き始めるソロには気品と品格があり、弱音の表現が際立っている。第2楽章がすばらしい。日本フィルの弦の柔らかなサウンドとフレージングとともに奏でられる脱力のタッチの繊細な語り口に透明な詩情が滲(にじ)み出る。終楽章も音楽の密度が高く、ブラームスが目指した「ピアノとオーケストラによるシンフォニー」に格別な趣を添えていた。これほど上質な西ヨーロッパのピアニズムを聴くのも久しぶりだ。アンコールはシューマンの「幻想小曲集」の〝なぜに〟。儚(はかな)く美しい余韻を残してコンサートを終えた。
(那須田務)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第770回東京定期演奏会
5月9日(金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:カーチュン・ウォン
ピアノ:スティーヴン・ハフ
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉雅秋
プログラム
芥川也寸志:エローラ交響曲
ブリテン:バレエ音楽「パゴダの王子」組曲 (コリン・マシューズ、カーチュン・ウォン版)
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番二短調Op.15
ソリスト・アンコール
シューマン:幻想小曲集Op.12から第3曲「なぜに」
他日公演
5月10日 (土)14:00サントリーホール 大ホール

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。