和楽器がオーケストラと渡り合う!東西融合で生まれる熱量に魅せられた演奏会
19世紀末の明治維新が掲げた「文明開化」は「富国強兵」と一体の国策だった。西洋音楽導入の背後にも、日本の伝統音楽のリズムでは「西洋式の軍隊行進ができない」という切実な事情があった。では邦楽界が窮地に陥ったのかといえば、史実は正反対。新しい音楽との出会いをチャンスととらえ、和楽器の奏法や作曲に積極的に取り込んだ。

今回の演奏会を監修した日本製鉄紀尾井ホール邦楽専門委員の音楽学者、徳丸吉彦氏の解説によれば、明治4年(1871年)に視覚障がい者の男性組織「当道座」と仏教儀礼の楽器を独占していた「普化宗」が解体されたことで箏、三味線、尺八などが誰にでも演奏できるようになり、より自由な編成の創作も加速したらしい。
前半は都山流尺八の始祖、中尾都山の「春の光」(1907)で始まった。尺八だけの九重奏だが、巧みなソロの見せ場もあり、大詰めに向けての演奏効果も意図した秀作。ふだん邦楽用の小ホールで演奏している名手たちがクラシック音楽用の大ホールで奏でたとき、予想を超えたソノリティが生まれるという発見もあった。ホテルオークラの創業者でもある大倉喜七郎は「大倉聴松」のアーティスト名で邦楽と洋楽を融合した「大和楽」を創始、尺八にフルートのキーシステムを取り入れた管楽器「オークラウロ」も発明した。大倉の自作(大和楽「田植」)と、オークラウロを使った中能島欣一の楽曲も興味深かった。

紀尾井ホール室内管が加わった後半の話題は、「和楽器がソロを担う日本最初の協奏曲」とみられる町田嘉章作曲、鈴木静一編曲の「三味線協奏曲第1番」(1927)の管弦楽パートを萩森英明が復元、杵屋勝十朗が独奏した復活演奏にあった。初演当時のSP盤の音源を聴いた勝十朗が「チャンバラ映画を思い出した」と語ったように、活劇風のエネルギーがあふれ、三味線の超絶技巧が西洋楽器のオーケストラと渡り合う。「絶対に何か、新しいものをつくってみせるぞ!」という熱量の激しさは圧倒的だった。
宮城道雄の「越天楽変奏曲」(1928)は近衛秀麿&直麿の編曲だけにチェレスタが入ったり、ファゴットの長大なソロを伴ったりして管弦楽はかなり西洋志向。宮城に師事したベテラン、安藤政輝の箏独奏は枯れた名人芸の味わいで魅了した。

最後の廣瀬量平「尺八とオーケストラのための協奏曲」は最も新しく、1976年作曲。第25回のNHK交響楽団「尾高賞」を授かった名曲であり、指揮者の阪哲朗は京都市立芸術大学作曲専修で廣瀬に直接師事した。野村峰山が揺るぎなく独奏した尺八パートも含め、いわゆる現代音楽の音響が他の楽曲とは全く異なる印象を与えるが、尺八と管弦楽が互いの違いを際立たせながら次第に大きな渦の中へと取り込まれていくプロセス設計の巧みさ、すべてが無に帰す着地の美しさなど随所において、東西融合の歴史的進化(深化)を象徴する作品だった。普段オペラ指揮者の印象が強い阪の近現代作品への適性、紀尾井ホール室内管から多彩な響きを引き出す手腕の冴えも確かめることができた。
(池田卓夫)

公演データ
響き合う和と洋
和楽器と紀尾井ホール室内管弦楽団 近現代ニッポン音楽の歩みを聴く
5月8日(木) 18:30日本製鉄紀尾井ホール
指揮:阪哲朗
尺八:野村峰山、友常毘山、中島孔山、萩原朔山、瀧北榮山、櫻井咲山、大迫晴山、奥田愛山、野村云山
大和楽唄:大和左京、大和久悠、大和三千壽、大和久萌
大和楽三味線:大和櫻笙、大和久喜子、大和華笙、(低音)大和久貴
囃子:藤舎千穂、望月太津之、鳳聲晴久
オークラウロ:志村禅保
地歌三味線:上原真佐輝
太棹三絃:鶴澤三寿々
長唄三味線:杵屋勝十朗
箏:安藤政輝
管弦楽:紀尾井ホール室内管弦楽団
プログラム
中尾都山:春の光
大倉聴松:大和楽「田植」
中能島欣一:千鳥の曲を主題とせる三絃曲
杵屋正邦:太棹のためのコンポジション第一章
町田嘉章:三味線協奏曲第1番 採譜:萩森英明
宮城道雄:越天楽変奏曲~箏と管弦楽の協奏曲
廣瀬量平:尺八とオーケストラのための協奏曲

いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。