新時代の名手・山下愛陽が等身大の美しい音楽を奏でる
ギターの山下愛陽がリサイタルをひらいた。1997年長崎生まれの彼女は、父・山下和仁からギターの手解きを受け、高校卒業後、ドイツに渡り、ベルリン芸術大学やニュルンベルク音楽大学で学ぶ。今回はダウランド、J.S.バッハからカステルヌオーヴォ=テデスコ、ブリテンまで、古楽と現代を結ぶ幅広い時代のプログラム。

まずは、ダウランドの「プレリュード」と「夢想」。山下はギターをシンプルに美しく鳴らす。呼吸感のある演奏。カポタストを使用したのはリュートに近い響きを得るためであろうか。続いて、ロマン派の作曲家でありギタリストでもあったレゴンディの「夢の夜想曲」。この作品でも山下は無理なく楽器を鳴らす。弱音表現が見事。トレモロの妙を披露。前半の最後はブリテンの「ダウランドによるノクターナル〝来たれ、深き眠りよ〟によるリフレクション」。9つの部分からなる20分ほどの曲。山下は、それぞれの部分のコントラストをつけるよりも、ホールに合った弱音をベースにどの部分も細やかなニュアンスで表現する。ダウランドの旋律が引用される最後の部分はきわめてシンプルに美しく奏でられた。

後半の最初は、マルタンの「ギターのための4つの小品」。倍音を含む響きの美しさ、多彩さを味わう。カステルヌオーヴォ=テデスコの「世紀をわたる変奏曲」は、タイトル通り、バロックからワルツを経て20世紀のフォックストロットに至るユニークな変奏曲。山下は、それらの変奏を、わざとらしくなく、自然に描き分ける。最後は、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」より〝シャコンヌ〟を自らの編曲で演奏。やはりこの作品でも山下は純度の高い音を奏でる。力むことなく、音色の変化やギターらしい表現を交えながら、ひたすら美しい演奏を繰り広げた。

アンコールでは、彼女の母親である藤家溪子作曲の「春の貴婦人」を自然なノリで弾き、バリオスの「つむぎ歌」を繊細なトレモロで歌った。
全体として、演奏の精度がきわめて高く、鳴り損じやノイズもほとんどない。表現がとても洗練されていて、粗野なところがまったくない。非常に高い技術を持ちながらもそれを誇示することなく、等身大で美しい音楽で奏でていく。まさに新時代の名手の登場である。
(山田治生)
公演データ
山下愛陽 ギター・リサイタル
4月28日(月)19:00ヤマハホール
ギター:山下愛陽
プログラム
ジョン・ダウランド:プレリュード P98、夢想 P73
ジュリオ・レゴンディ:夢の夜想曲 Op.19
ベンジャミン・ブリテン:ノクターナルOp.70
フランク・マルタン:ギターのための4つの小品「プレリュード/アリア/嘆き/ジーグのように」
マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ:世紀をわたる変奏曲Op.71
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調 BWV1004より「シャコンヌ」(山下愛陽編曲)
アンコール
藤家溪子:春の貴婦人
アグスティン・バリオス:つむぎ歌

やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。