広上淳一&日本フィル「オペラの旅」Vol.1 ヴェルディ:オペラ「仮面舞踏会」

歯車が見事にかみ合った出色のヴェルディ上演

すべて日本人によるヴェルディのオペラ上演でこの水準に達するとは、正直なところ驚きであった。歯車はいったんかみ合えば強い推進力を発揮するものだが、歯車一つひとつの質もまたすぐれていた。

指揮者の広上淳一(C)Masaaki Tomitori
指揮者の広上淳一(C)Masaaki Tomitori

重要な歯車が歌手であるのはいうまでもない。リッカルド役の宮里直樹は、ひと頃にくらべて声の質量が増しつつもやわらかく、その運びが自然かつ柔軟。しっかりと息で支えられたレガートの旋律が美しく、格調高い。レナート役の池内響は、この役にはリリックにすぎる面もあるものの、第1幕のアリアから長い旋律を安定した声で支える。そしてアメーリア役の中村恵理。かなりドラマティックな役なのに、終始リリックな美しい響きを保ったまま、強い感情を漲(みなぎ)らせる。

リッカルド役の宮里直樹©FUKAYA Yoshinobu/auraY2
リッカルド役の宮里直樹©FUKAYA Yoshinobu/auraY2
レナート役の池内響(c)T.Tairadate
レナート役の池内響(c)T.Tairadate

これら主役3人のすぐれた歌唱が、広上淳一の指揮のもと理想的にかみ合った。その白眉は第2幕だった。冒頭に置かれたアメーリアのアリアで、中村は徹底的に息を制御して、最高音までまったく破綻なく、そこに恐怖に駆られる心を巧みに織り込んだ。そして、彼女の心情を追うようにうねる管弦楽は、リッカルドが現れて二重唱になると、2人の感情を映して高揚したうねりへと転換し、二重唱を牽引していく。

宮里と中村の二重唱が美しいのは、2人ともあらゆる音域で、同質の声を長い息で支えて歌えるから。しかも、ヴェルディが書いたもっとも官能的な二重唱は、広上が導きうねりつつ流れる管弦楽に支えられ、高揚感を増す。ヴェルディは人物の心情をオーケストレーションで補おうと意図しているが、オーケストラがピットに入っていないので、その狙いが細部まで理解できるのもいい。それでいて音量は制御されて声を邪魔しない。

この二重唱はいわば、男声、女声、管弦楽による官能性の三位一体とでもいえる出来栄えで、これを聴けただけでも満足だった。そこにレナートが登場すると、管弦楽の色彩も鮮やかに転換。音のドラマが見事だった。

アメーリア役の中村恵理

第3幕も、アメーリアの悲痛なアリアを、中村はリリックな音色を保ったまま、加える色彩で感情を深掘りする。レナートの暗い情念を、池内は気高いレガートを通して表す。盛田麻央が歌うオスカルの清涼感も色を添え、アメーリアとの別れを決意するリッカルドのアリアでは、宮里は貴族の気品を漂わせながら余裕ある歌いっぷりで圧巻だった。

高島勲の演出も音楽を支えた。オーケストラの周囲に設けられた通路状の舞台でシンプルに人を動かしながら、各人物への一方的な解釈は排除され、運命に操られる面が強調されているように感じた。だから、不倫といわれかねない場面も、赦(ゆる)しの場面も、音楽をどう聴くかで見え方が違ってくる。すなわち、音楽を信頼した演出で、それに音楽が応えた。

失礼ないい方かもしれないが、得られた充足感は予想を大きく上回った。いつまでも続いた拍手と歓声は、私と同様の感興を得た聴衆が多かったことの証だろう。

(香原斗志)

公演データ

広上淳一&日本フィル「オペラの旅」Vol.1 ヴェルディ:オペラ「仮面舞踏会」
セミ・ステージ形式/全3幕/字幕つき

4月26日(土)17:00サントリーホール 大ホール

指揮:広上淳一  [フレンド・オブ・JPO(芸術顧問)]
演出:高島勲
振付:広崎うらん
衣裳:桜井久美(アトリエヒノデ)
照明:岩品武顕
舞台監督:幸泉浩司
副指揮:喜古恵理香、荒木流音生
演出助手:根岸幸

アメーリア:中村恵理
リッカルド:宮里直樹
レナート:池内響
ウルリカ:福原寿美枝
オスカル:盛田麻央
シルヴァーノ:高橋宏典
サムエル:田中大揮
トム:杉尾真吾
合唱:東京音楽大学
合唱指揮:浅井隆仁
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉雅秋

プログラム
ヴェルディ:オペラ「仮面舞踏会」
セミ・ステージ形式/全3幕/字幕つき
台本:アントーニオ・ソンマ 作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ

他日公演:4月27日(日)17:00サントリーホール 大ホール

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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