セバスティアン・ヴァイグレ指揮 読売日本交響楽団 第646回定期演奏会

オペラ指揮者ヴァイグレの面目躍如たる精緻な音楽作りと実力歌手たちの圧倒的な歌唱で説得力に満ちた上演となった読響の「ヴォツェック」

セバスティアン・ヴァイグレ指揮、 読売日本交響楽団によるベルクの歌劇「ヴォツェック」全3幕演奏会形式上演。20世紀の無調音楽を代表する作品であるが、歌手にとってはもちろん、オーケストラにとっても技術的にも音楽的にも難しいオペラである。ヴァイグレはオペラ指揮者としての豊富な経験とスキルを発揮して、この難解な作品を的確に交通整理し、オケからは精緻で雄弁なアンサンブルを導き出し、それをベースに題名役のサイモン・キーンリーサイドら歌手陣には存分に表現させることで、圧倒的といえるほどの説得力に満ちた劇音楽空間を創出させた。

セバスティアン・ヴァイグレは、オペラ指揮者として説得力に満ちた「ヴォツェック」を聴かせた©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
セバスティアン・ヴァイグレは、オペラ指揮者として説得力に満ちた「ヴォツェック」を聴かせた©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

4管編成の大オーケストラ(弦楽器は14型)が織りなす従来の和声の法則に基づかない響きの連続は、時に刺激的だったり不協に聴こえたりするものだが、各パート間のバランスが精密に調整され、読響の高い合奏能力と相まって美しくも妖艶なサウンドに感じたのは筆者だけだろうか。これは第1幕の前奏的な部分、ベートーヴェンの田園交響曲の第1楽章第1主題のリズムを転用したようなコールアングレによる「大尉のモティーフ」を支える弦楽器のサウンドからそうであった。極めつけは第3幕2場、ヴォツェックが浮気をした内縁の妻マリーを刺殺する場面。ティンパニの H(シ)のクレッシェンドによる連打でマリーの恐怖感が増大していく様子が音楽で描かれていくのだが、ここで爆発的な最強音にまで到達させることなくオケ全体のバランスを保ちながらヤマを築くことで、かえってヴォツェックの得体の知れない狂気が増幅されて伝わってきた。

題名役のサイモン・キーンリーサイド(左)とマリー役のアリソン・オークス©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
題名役のサイモン・キーンリーサイド(左)とマリー役のアリソン・オークス©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

題名役のキーンリーサイドは最近では役の幅を広げヴォツェックも各地の劇場で高い評価を得ている。それだけにこの難役を完全に自分のものとしていることが伝わってくる充実の歌唱と演技であった。舞台への入退場もセコセコと動くヴォツェックそのままの小走りの動作で完全に役になりきっていた。マリー役の英国のソプラノ、アリソン・オークスは大編成のオケをものともしない強靭な声を駆使し、起伏に富んだ歌唱でマリーの複雑な心情を表出させていた。久しぶりに実演に接したファルク・シュトルックマン(医者)の深みのある歌唱も聴き応え十分。高い演技力が求められる大尉役のイェルク・シュナイダーら他の歌手はいずれも高水準のパフォーマンスで公演の成功を支えた。また、コンマスの林悠介をはじめとする読響メンバーによる頻出するソロも高い技術力を実感させてくれる見事な演奏であった。
(宮嶋 極)

歌手たちによる高水準のパフォーマンスが公演の成功を支えた。左からキーンリーサイド、ファルク・シュトルックマン、イェルク・シュナイダー©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
歌手たちによる高水準のパフォーマンスが公演の成功を支えた。左からキーンリーサイド、ファルク・シュトルックマン、イェルク・シュナイダー©読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

公演データ

読売日本交響楽団 第646回定期演奏会

3月12日(水)19:00 サントリーホール

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ヴォツェック:サイモン・キーンリーサイド
鼓手長:ベンヤミン・ブルンス
アンドレス:伊藤 達人
大尉:イェルク・シュナイダー
医者:ファルク・シュトルックマン
マリー:アリソン・オークス
第一の徒弟職人:加藤 宏隆 
第二の徒弟職人:萩原 潤 
知的障害者:大槻 孝志
マルグレート:杉山 由紀

合唱:新国立劇場合唱団 TOKYO FM 少年合唱団
音楽総合助手・合唱指揮:冨平 恭平

管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介

プログラム
ベルク:歌劇「ヴォツェック」Op.7(全3幕演奏会形式上演)

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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