新国立劇場2024/2025 オペラ ジョルジュ・ビゼー「カルメン」

深化をみせた再演――音楽と演出の2軸が拮抗した充実度の高い舞台

新国立劇場でビゼー「カルメン」の再演が始まった。2021年7月に行われたプレミエは、コロナ禍の特殊状況下ゆえ、演出プランや舞台の演者数に大きな制約を受けた妥協策となった。今回の再演では、その時の規制を取り払って、本来の演出意図を実現すべく大幅な見直しが加えられた。再演にわざわざ当初の演出家(アレックス・オリエ)を招くのは同劇場では異例で、事実上のプレミエと言える態勢が組まれた。

アレックス・オリエ演出、ビゼー「カルメン」。2021年のプレミエ時に叶わなかった本来の演出意図を実現すべく大幅な見直しが加えられた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
アレックス・オリエ演出、ビゼー「カルメン」。2021年のプレミエ時に叶わなかった本来の演出意図を実現すべく大幅な見直しが加えられた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

「カルメン」は劇場のレパートリーでも屈指の重要作なので、こうした取り組みには劇場側の本気度がうかがえる。歌手やピットの演奏にも人を得て、音楽と演出の2軸が拮抗した充実度の高い舞台に結実した。

演出で大きく変わったのは人の動き。無理に距離を取る必要がなくなったので、群衆の合唱はフル編成で自由に動け、独唱者も近接して演技できるようになった。演出家本人がみっちり指導したおかげで、すみずみまで意図の浸透した動きは小気味よい。セリフの所々に日本語が混じるユーモアも、楽しいアイデアだ。

こうして見ると、ポップス界の伝説的なスター、エイミー・ワインハウスをカルメン像にイメージし、時代設定を現代にしつらえた演出が、思いのほか作品の本質とマッチしているのに気付く。エイミーの成功と没落の悲劇を知る聴衆には、再演出による表現の深化が一段と効果的に映ったことだろう。

英国の伝説的スター歌手、エイミー・ワインハウスをカルメン像にイメージし、時代設定を現代にしつらえた演出が「カルメン」の本質とマッチしていた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
英国の伝説的スター歌手、エイミー・ワインハウスをカルメン像にイメージし、時代設定を現代にしつらえた演出が「カルメン」の本質とマッチしていた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

同劇場に初登場した主役級3歌手の健闘も寄与した。題名役のメゾソプラノ、サマンサ・ハンキーはコントロールの行き届いた精緻な声質の持ち主で、品性を保ちつつ役達者な作りを披露。伍長ドン・ホセのテノール、アタラ・アヤンは柔らかな表情の一方、ここ一発で伸びよく底力を発揮するリリコ・スピントで魅了した。闘牛士エスカミーリョのルーカス・ゴリンスキーは、こってりした艶の堂々たるロブストな声で存在感を示し、フランス語の扱いにも長けていた。

闘牛士エスカミーリョのルーカス・ゴリンスキー(中央左)は、ロブストな声で存在感を示した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
闘牛士エスカミーリョのルーカス・ゴリンスキー(中央左)は、ロブストな声で存在感を示した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

歌劇場育ちの指揮者、ガエタノ・デスピノーサの歯切れ良い推進力に富んだリードは、ピットの演奏(東京交響楽団)に勢いある生命力と引き締まった流れをもたらした。イタリア生まれのラテン的なテンペラメントがプラスに作用した。

伍長ドン・ホセ(アタラ・アヤン、左)とカルメン(サマンサ・ハンキー、右)は悲劇的な結末を迎える 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
伍長ドン・ホセ(アタラ・アヤン、左)とカルメン(サマンサ・ハンキー、右)は悲劇的な結末を迎える 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

くしくも今月は都内の2会場で「カルメン」の競作となった。こうした力演のつばぜり合いなら、ファンも大歓迎だろう。

(深瀬満)

※取材は2月26日(水)の公演

公演データ

新国立劇場2024/2025 オペラ ジョルジュ・ビゼー「カルメン」
全3幕(フランス語上演/日本語及び英語字幕付)

2月26日(水)18:30、3月1日(土)14:00、4日(火)14:00、6日(木)14:00、8日(土)14:00新国立劇場 オペラパレス

指 揮:ガエタノ・デスピノーサ
演 出:アレックス・オリエ

カルメン:サマンサ・ハンキー
ドン・ホセ:アタラ・アヤン
エスカミーリョ:ルーカス・ゴリンスキー
ミカエラ:伊藤 晴
スニガ:田中大揮
モラレス:森口賢二
ダンカイロ:成田博之
レメンダード:糸賀修平
フラスキータ:冨平安希子
メルセデス:十合翔子

合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団

管弦楽:東京交響楽団

※その他データの詳細は新国立劇場のホームページをご参照ください。
カルメン | 新国立劇場 オペラ 

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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