深化をみせた再演――音楽と演出の2軸が拮抗した充実度の高い舞台
新国立劇場でビゼー「カルメン」の再演が始まった。2021年7月に行われたプレミエは、コロナ禍の特殊状況下ゆえ、演出プランや舞台の演者数に大きな制約を受けた妥協策となった。今回の再演では、その時の規制を取り払って、本来の演出意図を実現すべく大幅な見直しが加えられた。再演にわざわざ当初の演出家(アレックス・オリエ)を招くのは同劇場では異例で、事実上のプレミエと言える態勢が組まれた。

「カルメン」は劇場のレパートリーでも屈指の重要作なので、こうした取り組みには劇場側の本気度がうかがえる。歌手やピットの演奏にも人を得て、音楽と演出の2軸が拮抗した充実度の高い舞台に結実した。
演出で大きく変わったのは人の動き。無理に距離を取る必要がなくなったので、群衆の合唱はフル編成で自由に動け、独唱者も近接して演技できるようになった。演出家本人がみっちり指導したおかげで、すみずみまで意図の浸透した動きは小気味よい。セリフの所々に日本語が混じるユーモアも、楽しいアイデアだ。
こうして見ると、ポップス界の伝説的なスター、エイミー・ワインハウスをカルメン像にイメージし、時代設定を現代にしつらえた演出が、思いのほか作品の本質とマッチしているのに気付く。エイミーの成功と没落の悲劇を知る聴衆には、再演出による表現の深化が一段と効果的に映ったことだろう。

同劇場に初登場した主役級3歌手の健闘も寄与した。題名役のメゾソプラノ、サマンサ・ハンキーはコントロールの行き届いた精緻な声質の持ち主で、品性を保ちつつ役達者な作りを披露。伍長ドン・ホセのテノール、アタラ・アヤンは柔らかな表情の一方、ここ一発で伸びよく底力を発揮するリリコ・スピントで魅了した。闘牛士エスカミーリョのルーカス・ゴリンスキーは、こってりした艶の堂々たるロブストな声で存在感を示し、フランス語の扱いにも長けていた。

歌劇場育ちの指揮者、ガエタノ・デスピノーサの歯切れ良い推進力に富んだリードは、ピットの演奏(東京交響楽団)に勢いある生命力と引き締まった流れをもたらした。イタリア生まれのラテン的なテンペラメントがプラスに作用した。

くしくも今月は都内の2会場で「カルメン」の競作となった。こうした力演のつばぜり合いなら、ファンも大歓迎だろう。
(深瀬満)
※取材は2月26日(水)の公演
公演データ
新国立劇場2024/2025 オペラ ジョルジュ・ビゼー「カルメン」
全3幕(フランス語上演/日本語及び英語字幕付)
2月26日(水)18:30、3月1日(土)14:00、4日(火)14:00、6日(木)14:00、8日(土)14:00新国立劇場 オペラパレス
指 揮:ガエタノ・デスピノーサ
演 出:アレックス・オリエ
カルメン:サマンサ・ハンキー
ドン・ホセ:アタラ・アヤン
エスカミーリョ:ルーカス・ゴリンスキー
ミカエラ:伊藤 晴
スニガ:田中大揮
モラレス:森口賢二
ダンカイロ:成田博之
レメンダード:糸賀修平
フラスキータ:冨平安希子
メルセデス:十合翔子
合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京交響楽団
※その他データの詳細は新国立劇場のホームページをご参照ください。
カルメン | 新国立劇場 オペラ

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。