旬の名歌手シリーズⅪ バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート

だれも真似できないまろやかさと力強さの両立 仏語のたとえようのない美しさ

このところ急速に頭角を現したフランスのテノール、バンジャマン・ベルナイム。過去にも来日してはいるが、「大物」になってからは、このソロ・コンサートが事実上、日本の聴衆にお披露目される場となった。

フランスのテノール、バンジャマン・ベルナイム(C)Kiyonori Hasegawa
フランスのテノール、バンジャマン・ベルナイム(C)Kiyonori Hasegawa

1曲目のチャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」の〝青春は遠く過ぎ去り〟から、声のまろやかさが際立っている。頭声で弱音を発し、次第に胸声に移行して響きを膨らませるのだが、2種の声は無理なくなめらかにつながれる。結果として、歌はきわめてエレガントに表現された。

続くドニゼッティ「愛の妙薬」の〝人知れぬ涙〟も、頭声で歌いはじめ、微妙な感情を甘やかに味つける。こうして歌うとイタリア語特有のエッジが丸みを帯び、ベルナイムのやわらかい声がいっそう活きる。そんな歌い方は、エッジが立った印象があるヴェルディにも有効だと知らされた。「マクベス」の〝ああ、父の手は〟で、張りつめた旋律に声をみなぎらせながら、随所にソットヴォーチェを交え、ポルタメントが優雅に加えられた。

プッチーニ「トスカ」の〝妙なる調和〟も、激しい情熱よりむしろ温かい愛情に包まれているようで、それが心地よい。結果として、「トスカ、君だけだ!」と歌う情熱的な響きも活き活きと聴こえる。

しかし、ベルナイムのこうしただれにも真似できないまろやかな歌唱は、母語であるフランス語の歌でこそ、他を寄せつけない水準に達した。マスネ「マノン」の〝目を閉じると〟では、デ・グリューの甘い夢が、夢想ならではの儚さを伴って表された。〝消え去れ、優しい面影よ〟では、目の前にチラつく面影を払おうとする意志的な表現にもやわらかさが加わり、それがデ・グリューの、意志と裏腹な感情を浮き上がらせた。その表現の奥深さもさることながら、フランス語の美しさはたとえようもなく、まろやかなフレージングとの相乗効果で、美しさは倍加する。

母語であるフランス語の歌では、だれにも真似できないまろやかな歌唱を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa
母語であるフランス語の歌では、だれにも真似できないまろやかな歌唱を聴かせた(C)Kiyonori Hasegawa

グノー「ロメオとジュリエット」の〝ああ、太陽よ昇れ〟も、マスネ「ウェルテル」のオシアンの歌も、アクートは胸声で力強く響かせたが(ベルナイムは頭声を混ぜてやわらかく響かせることもできる)、述べてきたフレージングのエレガンスがあって、力強さにも生命が宿った。東京フィルを指揮したマルク・ルロワ=カラタユーの好サポートも指摘しておきたい。そしてくどいようだが、過去に類例を探せないほどフランス語が美しく、それゆえに耳にどこまでも心地よい。いつまでも聴いていたい歌の数々だった。

(香原斗志)

カーテンコールには、東京フィルを指揮したマルク・ルロワ=カラタユーも登場した(C)Kiyonori Hasegawa
カーテンコールには、東京フィルを指揮したマルク・ルロワ=カラタユーも登場した(C)Kiyonori Hasegawa

※取材は1月14日(火)の公演

公演データ

旬の名歌手シリーズⅪ バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート

1月14日(火) 19:00東京文化会館、19日(日)15:00サントリーホール

テノール:バンジャマン・ベルナイム
指揮:マルク・ルロワ゠カラタユー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
(1月14日)
【第1部】
ピョートル・チャイコフスキー:
歌劇「エフゲニー・オネーギン」序奏とポロネーズ〝青春は遠く過ぎ去り〟

ガエターノ・ドニゼッティ:
歌劇「ドン・パスクワーレ」序曲 、歌劇「愛の妙薬」〝人知れぬ涙〟

ジュゼッペ・ヴェルディ:
歌劇「運命の力」序曲 、歌劇「マクベス」〝おお、わが子たちよ! ~ああ、父の手は〟

ピエトロ・マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
ジャコモ・プッチーニ:歌劇「トスカ」〝妙なる調和〟

【第2部】
ジュール・マスネ:
歌劇「タイス」タイスの瞑想曲
歌劇「マノン」〝目を閉じると〟(夢の歌)、〝消え去れ、優しい面影よ〟
歌劇「ウェルテル」前奏曲 〝春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか〟(オシアンの歌)

シャルル・グノー:歌劇「ロメオとジュリエット」第3幕への間奏曲 〝恋よ、恋よ!ああ、太陽よ昇れ〟

※1月19日の公演は、曲目が一部異なります。詳細は下記ホームページをご参照ください。
概要/バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート/2025/NBS公演一覧/NBS日本舞台芸術振興会

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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