大谷康子 デビュー50周年記念特別コンサート ~民族・言語・思想の壁を超えて 未来に向かう音楽会~ 

豪華奏者が集結!平和を願い、奏でた〝未来への讃歌〟

ヴァイオリンの大谷康子の「デビュー50周年記念特別コンサート」。ただし祝祭的な公演ではなく、「民族・言語・思想の壁を超えて未来に向かう音楽会」を趣旨とした意義深い構成がなされている。

2025年に楽壇デビュー50周年を迎えた大谷康子 ©Nobuo MIKAWA
2025年に楽壇デビュー50周年を迎えた大谷康子 ©Nobuo MIKAWA

最初はラヴェルの「ツィガーヌ」。無伴奏の部分から豊潤・豊麗な音が2階席までよく届き、佐藤卓史のピアノが参加後は情景変化の鮮明な音楽が展開される。2曲目は大谷が奏者を務めるクヮトロ・ピアチェーリによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番。「ファシズムと戦争の犠牲者」に捧げられた作品だけに、張り詰めた空気が支配し、静謐(せいひつ)な部分では切々たる感情が滲(にじ)み出る。前半最後はリヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン(変容)」。第二次世界大戦での街並み破壊の悲しみがこもった作品を、大谷の弟子を主体とする23名の弦楽器奏者が細やかに紡ぐ。ここで光ったのは山田和樹の指揮。抑揚や造作が極めて明確で、ベートーヴェン「英雄」の葬送行進曲の主題が明示される最終部分でピークを形成し、難儀な同曲でいつにない説得力をもたらした。

指揮者の山田和樹指揮とともに、説得力のある音楽を聴かせた ©Nobuo MIKAWA
指揮者の山田和樹指揮とともに、説得力のある音楽を聴かせた ©Nobuo MIKAWA

後半はクレンゲルの「ヒムニス(讃歌)」で開始。元来チェロ12本の曲が24名のヴァイオリン(萩森英明編曲)で演奏され、新鮮な美しさを醸し出す。それにしても、白井圭以下、著名楽団の奏者やソリストの周防亮介らが居並ぶこの顔ぶれが全員大谷の弟子とは……教育面の功績も思い知らされる。最後は今回の委嘱作である萩森英明のヴァイオリン協奏曲「未来への讃歌」。ロマの楽器=ヴァイオリンのほか、南米のバンドネオン、アフリカのンゴマ、アフガンのドゥタール、さらにはユダヤ音楽のクレズマーに造詣が深い梅津和時のバス・クラリネットがソロ楽器として加わる。これらは問題を抱えている地域に関連した楽器だ。バックは管楽器を含めて超豪華メンバー。大谷のソロを軸にした明快・明朗な音楽が多彩な楽器の違和感のない交錯を伴いながら進行する。ここでも山田和樹の指揮が特筆もの。「臨時編成楽団での新作」という難局を巧みにまとめ上げ、的確な指示で感興豊かな音楽を創造した。

萩森英明のヴァイオリン協奏曲「未来への讃歌」では、ソロ楽器にバンドネオン、アフリカのンゴマ、アフガンのドゥタール、バス・クラリネットが加わった ©Nobuo MIKAWA
萩森英明のヴァイオリン協奏曲「未来への讃歌」では、ソロ楽器にバンドネオン、アフリカのンゴマ、アフガンのドゥタール、バス・クラリネットが加わった ©Nobuo MIKAWA

長い公演だったが、大谷の意図は明瞭に伝わったと思えるし、音楽的な充実度が高かった点が何より素晴らしい。しかも大谷自身のヴァイオリンが鳴りも音程もよく、今後への期待をも抱かせた。その証が「愛のあいさつ」の艶やかなアンコール。そして演奏後の大谷に向けた(管楽器を含む)楽員たちの温かな眼差しが印象的だった。 

(柴田克彦)

公演データ

大谷康子 デビュー50周年記念特別コンサート
~民族・言語・思想の壁を超えて 未来に向かう音楽会~

1月10日(金)18:30 サントリーホール

ヴァイオリン・ソロ:大谷 康子
指揮:山田 和樹
作曲・編曲:萩森 英明
ピアノ:佐藤 卓史
弦楽四重奏:クヮトロ・ピアチェーリ(Vn:大谷 康子、齋藤 真知亜  Vla:百武 由紀 Vc:苅田 雅治 )
バンドネオン:三浦 一馬
バス・クラリネット:梅津 和時
ンゴマ(アフリカの打楽器):大西 まさや
ドゥタール(ウズベキスタンの弦楽器):駒﨑 万集
管弦楽:大谷康子50周年記念祝祭管弦楽団(大谷の薫陶を受けた音楽家を中心に編成)
コンサートマスター:白井 圭

プログラム
ラヴェル:ツィガーヌ
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番ハ短調Op.110
リヒャルト・シュトラウス:メタモルフォーゼン(変容)~23の独奏弦楽器のための習作~
クレンゲル(萩森 英明編):ヒムニス(賛歌)(ヴァイオリン合奏編曲版)
萩森 英明:ヴァイオリン協奏曲「未来への讃歌」~ヴァイオリンと世界民族楽器のための~(世界初演)

アンコール
エルガー:愛のあいさつ(オーケストラ伴奏版)

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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