井上道義ラスト・コンサート!トレードマークの踊るような指揮姿、愛情に溢れる演出で最後まで聴衆を魅了
「第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 井上道義(指揮)」は、2024年末をもって指揮活動から引退する井上にとってのラスト・コンサートとなった。曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」、シベリウスの交響曲第7番、ショスタコーヴィチの「祝典序曲」。最初の3曲は自然がテーマといえるだろう。
「フィンガルの洞窟」序曲がかなりゆったりとしたテンポで始まった。チェロの歌う第2主題が感動的。読響が、精度が高く繊細な美しさを示す。
「田園」もゆったりとしたテンポ。弦楽器の数を減らし(第1ヴァイオリン8人)、個々の自発性を活かした室内楽的な演奏。力まず、自然に表現。第2楽章はチェロの2人を中心に進められる。人数を減らした弦楽器に比べて、管楽器が相対的に引き立って聴こえる。第5楽章では神への感謝が歌われるわけであるが、今日は一つの物語の終わりが懐かしさとともに奏でられているように聴こえた。
「田園」では鳥の声や野の花や小川のせせらぎなど身近な自然を描いていたが、今日のシベリウスの第7番では、北欧の大自然、もっというなら、宇宙を表現しているように感じられた。神々しいトロンボーンのソロも突出することなくオーケストラの響きのなかに溶け込んでいる。強弱やコントラストが作為的に強調されることなく、単一楽章の交響曲が見事に一筆書きされた。確かに、近年の井上の演奏は、作為が減り、作品を自然に描くようになっていた。
そして最後に、井上が最も共感を寄せるショスタコーヴィチの作品から「祝典序曲」が晴れやかに演奏された。活力にあふれ、キレのある指揮。井上のトレードマークといえる、踊るような指揮姿が戻る。結尾で別働隊の金管楽器30人が加わり、井上自らが(譜面台に置かれていた)シンバルを鳴らして、締め括られた。
アンコールでは、「下品でっせ」と前置きして、ショスタコーヴィチの組曲「ボルト」より「荷馬車弾きの踊り」を演奏。引退公演でシリアスになりすぎず、あえておどけてみせるところが井上の本領である。そして本当の最後に武満徹の映画「他人の顔」からのワルツ。プログラムの本編からアンコールまでまさに井上の多面性が発揮されたラスト・コンサート。最後まで聴衆を楽しませるサービス精神は、井上道義の人への深い愛情の表れに違いない。
(山田治生)
公演データ
第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 井上道義(指揮)
12月30日(月) 15:00サントリーホール
指揮:井上道義
管弦楽:読売日本交響楽団
プログラム
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」Op.26
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」
シベリウス:交響曲第7番ハ長調Op.105
ショスタコーヴィチ:祝典序曲Op.96
アンコール
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲「ボルト」作品27aより第3曲〝荷馬車引きの踊り〟
武満 徹:「3つの映画音楽」より第3曲〝ワルツ〟(映画「他人の顔」)
※オンラインの有料リピート配信も1月7日まで視聴可能。詳細はサントリーホールのホームページをご参照ください。
第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 井上道義(指揮) 【有料オンライン(ライブ&リピート)配信あり】 公演スケジュール サントリーホール 主催公演
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。