畢生の名演、尾高忠明と大阪フィルのブルックナー「8番」
ブルックナーの交響曲の中でも最大傑作と言われる「交響曲第8番ハ短調」――大阪フィルハーモニー交響楽団には、この曲に不滅の名演を残した故・朝比奈隆氏への敬愛の念から、同楽団でこの「8番」を指揮できるのは、音楽監督もしくは首席指揮者などに限られる、という不文律がある。事実、朝比奈氏のあとに大阪フィルとこの曲を演奏したのは、これまで第2代音楽監督・大植英次(2004年、2012年)、首席指揮者・井上道義(2015年)、第3代音楽監督・尾高忠明(2018年4月)だけなのであった。そして、ブルックナー生誕200年の記念年に当たる今年、尾高は大阪フィルとともに、再びこの曲に挑んだのである。
驚異的な快演だった。尾高忠明と大阪フィルの美点が最高のレベルで結実した演奏だったと称賛しても過ぎることはなかろう。尾高がオーケストラから引き出した強靭(きょうじん)な音の輪郭は、もともと壮大なこの交響曲を、更に揺るぎない大建築物に押し上げる役割を果たしていた。第1楽章終結近く、頂点へ追い上げて行く個所での低弦の確信に満ちた動き。第2楽章での執拗(しつよう)に反復される音型が次第に猛烈さを加え、ついには戦慄を覚えさせる怒号にまで達して行く凄まじさ。第4楽章での、繰り返し出現する最強奏個所のひとつひとつが巨大な巌の如き頂点を築いて行く呼吸の見事さ――。こういった強烈で魔性的な表現は、尾高が2010年に読響を指揮した「8番」にも、大阪フィルの音楽監督就任直後の定期で指揮した「8番」にも聴かれなかったものである。これが、年輪を加えた彼が到達した至高の芸域とでもいうものだろうか。
オケの渾身(こんしん)の演奏も聴きものだった。豪快な咆哮(ほうこう)は、時にかつての朝比奈時代のそれを思い出させる瞬間もあったし、その一方、第3楽章でつくり出した清澄な静寂の美といい、第4楽章の叙情的な主題に与えた弦楽器群の瑞々しい響きといい、大阪フィルの幅広い芸域を堪能させてくれるものであったろう。
筆者がこれまでに聴いた国内オーケストラの「8番」の中でも最高の演奏だと思われた第4楽章が終わると、ホール内には熱狂的な拍手とブラヴォーの歓声が沸き上がった。繰り返すがこれは、尾高と大阪フィルの、鮮やかな名演だった。
(東条碩夫)
公演データ
ブルックナー生誕200年記念 大阪フィルハーモニー交響楽団特別演奏
12月13日 (金) 19:00ザ・シンフォニーホール
指揮:尾高忠明
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調 (ハース版)
とうじょう・ひろお
早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。