新国立劇場2024/2025シーズンオペラ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト「魔笛」

次第に熱を帯びたグランドオペラ志向の「魔笛」

ブリュッセルのモネ劇場が2005年に制作、東京の新国立劇場では2018年が初演だった南アフリカ共和国出身の現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出の「魔笛」(モーツァルト)の2年半ぶり3度目の上演初日を観た。昨年までドイツのエッセン歌劇場音楽総監督(GMD)を務めたチェコ人マエストロ、トマーシュ・ネトピルが東京フィルハーモニー交響楽団を指揮した。

現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出の「魔笛」撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
現代美術家ウィリアム・ケントリッジ演出の「魔笛」撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場

実はわずか2日前、50余年の歴史を持つ藤沢市民オペラの第25回公演で「魔笛」(伊香修吾演出、園田隆一郎指揮)を観たばかり。管弦楽と合唱こそアマチュアだが、キャストはパパゲーノ大西宇宙をはじめ、伊藤達人、盛田麻央ら一線の若手〜中堅をそろえ、入念なリハーサルの末に見事なアンサンブルを達成。原語上演の上に普段カットされるセリフも復活させ、ドイツ語ジングシュピール(歌芝居)様式の理想的な再現に成功した。

これに対しケントリッジ演出は、ザラストロがモノスタトスに放つ「お前の心は肌の色と同じく黒い」をはじめ、現代の規範に照らして不適切なセリフを大幅にカット。分量も大幅に縮めて鍵盤楽器や打楽器の伴奏を追加、レチタティーヴォに近い処理を施す。さらに手描きのドローイング(線画)のプロジェクションを交え、現代の大劇場のグランドオペラにふさわしい体裁を整える。一方、18世紀ドイツの建築家シンケルをルーツとする「魔笛」の舞台美術におけるシンメトリー(左右対称)の原則は踏襲され、キャラクターの設定にも目新しいところはない。投影される写真も含め昔懐かしさを大切にしているとも思え、クリスマスの季節に家族で観て、楽しい舞台には違いない。

タミーノ(パヴォル・ブレスリック)。懐かしさを感じる背景が投影された 撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
タミーノ(パヴォル・ブレスリック)。懐かしさを感じる背景が投影された 撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場

ネトピル指揮の東京フィルは現代の標準的な様式感で軽やかかつ味わいのあるモーツァルトを奏で、新国立劇場合唱団(三澤洋史指揮)も立体感あるハーモニーで魅了する。ただ内外の歌手と客演指揮者が短期間でまとめる再演の宿命か、第1幕は気勢が上がらずに心配したが、第2幕で活が入って後味の良い着地となった。

1979年生まれのスロヴァキア人テノール、パヴォル・ブレスリックは声質、容姿とも王子タミーノにふさわしく、対するパミーナの九嶋香奈枝も互角に渡り合った。サッカー選手と同名のブラジル人バス、マテウス・フランサは独特の発声と発音だが、ザラストロの微妙な立ち位置を巧みに表現。パパゲーナの種谷典子は強烈な印象を残した半面、駒田敏章はシリアスな歌いくちが持ち味のバリトンなので、コミカ(喜劇役)のパパゲーノとしては終始違和感が付きまとった。新国立劇場だけでも2009年から夜の女王を続ける安井陽子は最初のアリアで「もはや限界か」と心配させたものの、もう1つのアリアを立派に歌い上げ、ベテランの意地をみせた。ハラハラドキドキしながら、時間の進行とともに光景が刻々変化するライヴのスリルが随所にある公演だった。

夜の女王の名手らしい歌声を聴かせた安井陽子 撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
夜の女王の名手らしい歌声を聴かせた安井陽子 撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場

(池田卓夫)
※取材は12月10日(火)の公演

公演データ

新国立劇場2024/2025シーズンオペラ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト「魔笛」
全2幕(ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付)

12月10日(火)18:30、12日(木)14:00、14日(土)14:00、15日(日)14:00新国立劇場オペラパレス

指 揮:トマーシュ・ネトピル
演 出:ウィリアム・ケントリッジ
美 術:ウィリアム・ケントリッジ、ザビーネ・トイニッセン
衣 裳:グレタ・ゴアリス
照 明:ジェニファー・ティプトン
プロジェクション:キャサリン・メイバーグ
舞台監督:髙橋尚史

ザラストロ:マテウス・フランサ
タミーノ:パヴォル・ブレスリック
弁者・僧侶Ⅰ・武士II:清水宏樹
僧侶Ⅱ・武士I:秋谷直之
夜の女王:安井陽子
パミーナ:九嶋香奈枝
侍女I:今野沙知恵
侍女II:宮澤彩子
侍女III:石井 藍
童子I:前川依子
童子II:野田千恵子
童子III:花房英里子
パパゲーナ:種谷典子
パパゲーノ:駒田敏章
モノスタトス:升島唯博

合唱指揮:三澤洋史
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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