20年かけて築かれた指揮者とオーケストラの深い信頼関係——変幻自在に彩るオール・モーツァルト・プログラム
2年ぶりとなるパーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の来日ツアーの横浜公演はオール・モーツァルト・プログラム。芸術監督に就任して20年という年月にも驚くが、両者の深い信頼関係、個々のメンバーが主体的に演奏する彼らの特長を余すところなく感じられる公演となった。
「ドン・ジョヴァンニ」序曲では冒頭からホール全体が重厚感のある響きで満たされる。それも束の間で、アレグロで転調してからの軽やかな音色、その変幻自在さこそカンマー・フィルの音だ。パーヴォの明晰なタクトで瑞々しい幕開けとなった。
続くピアノ協奏曲第23番でソロを弾いたブレハッチは、芯をとらえて邪気のないピアノの音が魅力的。フルート、クラリネット、ファゴットらがハーモニーに彩りを加えハッとするようなフレーズの発見の連続に心踊る。陰鬱なアダージョから解き放たれた第3楽章でも切れ味のよい跳躍とレガートが絶妙に絡み合いソリストとオーケストラの交歓を堪能した。アンコールにブレハッチが弾いたのは、ベートーヴェンのソナタ第2番の第3楽章。茶目っ気のあるスケルツォがモーツァルトから自然な流れで楽しめた。
メインは交響曲第41番「ジュピター」、バルブのないナチュラル型トランペットが加わり、口径の小さなティンパニや一部の弦楽器奏者がバロックボウ(弓)を使うカンマー・フィルらしい響きが実にしっくりくる。メンバー同志のコミュニケーションも自在で、第2楽章ではさながらスポットライトが次々と照らすパートを変えていくように、旋律が繋がっていく。一筆書きのように流麗なメヌエットを経ての第4楽章では繰り返される「ドーレーファーミー」の転調に天使と悪魔が顔を出すような味わいがなんともチャーミング。そして最後のフーガではきっちり崇高な音楽へと極めていくのがパーヴォ・ヤルヴィの巧さだろう。3階席まで埋め尽くされたみなとみらいホールの聴衆の熱い喝采に応えて、アンコールはシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」この上なく抒情的で深い歌心に心が洗われるようだった。
(毬沙琳)
公演データ
ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
12月8日(日)16:00横浜みなとみらいホール
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ピアノ:ラファウ・ブレハッチ
管弦楽:ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
プログラム
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲K.527
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
モーツァルト:交響曲 第41番ハ長調K.551「ジュピター」
ソリスト・アンコール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第2番イ長調Op.2-2より第3楽章
アンコール
シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。