非凡な「運命」——シェーンベルクとの対比で際立つ古典派の構成美、激しさより美しさに光を当てた個性的な演奏
ジョナサン・ノット、ありきたりの演奏は決して聴かせない。そこが聴衆の熱い支持を集め、終演後は毎回、オケが退場しても拍手が鳴りやまず、彼がステージに呼び戻される光景が繰り広げられる。昨晩もそうだった。
音楽監督を務める東京交響楽団の定期。前半はスウェーデン出身のアヴァ・バハリをソリストにシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲。ノットはメインにベートーヴェンなどの古典派作品を演奏する場合、前半に近・現代の調性感に乏しい曲を持ってきて、その対比を鮮やかに提示することが多い。協奏曲という古典派以来のスタイルに12音技法を落とし込んだ意欲作であるが、独奏楽器の技術的難易度はかなり高い。バハリは安定した技巧で複雑な音列の動きを明快に表現し、時に叙情性あふれる演奏を繰り広げた。ノットと東響も響きを混濁させることなく、美しくソロを支えた。盛んな喝采にバハリはクライスラーのレチタティーヴォとスケルツォをアンコールした。
メインはベートーヴェンの第5交響曲。無調の作品を聴いた後、古典派の和声感とソナタ形式の構成美が際立つ。まさにノットの狙い通りである。弦楽器は対抗配置で12・12・8・6・5の編成で完全ノーヴィブラート。管楽器は譜面の指定通りの数、使用譜面はベーレンライター版であった。ここからも明らかだが、作曲家在世当時のスタイル、ピリオド(時代)奏法に寄せた演奏である。
ノットの個性が色濃く反映されていたのはアーティキュレーション(音と音のつなげ方)であった。この曲は運命の動機といわれる3つの八分音符と続く二分音符の音型が全曲に散りばめられていることから、これを強調するためにスタッカート(音を切る)気味に演奏されることが多いが、ノットは全体にレガート(滑らか)で、八分音符と二分音符との間にスラー(音をつなげる)が付いているのではと思わせるくらいの滑らかさ。全曲にわたって長い音符は一旦音量を落とし、クレッシェンドしていくことが徹底されていた。内声部の運命の音型を強調することなく、激しさよりも美しさに光を当てた個性あふれる演奏に仕上げていた。それは前半のシェーンベルクの解釈にも通じるものであった。また、第3楽章の236小節目、ダブルバーの前で楽章の冒頭に戻って繰り返したのも、あまりないやり方で驚かされた。この日も平凡な「運命」ではなく、ノットの非凡さが印象に残る演奏であった。
(宮嶋 極)
公演データ
東京交響楽団 第727回定期演奏会
12月7日(土)18:00 サントリーホール
指揮:ジョナサン・ノット
ヴァイオリン:アヴァ・バハリ
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小林 壱成
プログラム
シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲Op.36
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」
ソリスト・アンコール
クライスラー:レチタティーヴォとスケルツォ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。