レオニダス・カヴァコス バッハ・プロジェクトII 〝協奏曲の夜〟

セピア色の秋の夜に聴く、アポロンの調べ

2022年の「バッハ・プロジェクトⅠ」は「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」で完全なソロ。今回の「II」は全員がギリシャ出身の音楽家(ヴァイオリンのイヌイは父が日本人で母がギリシャ人)というアポロン・アンサンブルとの協奏曲だ。アンコールの「アリア」を含めた5曲すべてが2023年9月にアテネのディミトリ・ミトロプーロス・ホールで録音したディスク(ソニー)と全く同じプログラムで、アジア・ツアーに臨んだ。日本は東京1公演のみ、というのが残念に思える出来栄えだった。

レオニダス・カヴァコスのバッハ・プロジェクトIIのプログラムはアポロン・アンサンブルとの協奏曲
レオニダス・カヴァコスのバッハ・プロジェクトIIのプログラムはアポロン・アンサンブルとの協奏曲

弦楽器はモダン(現代仕様)のまま、調弦をA=415Hzのバロック・ピッチに替えた。舞台中央前面にカヴァコスが立ち、後列に舞台下手(客席から見て左側)からコントラバス、チェロ、チェンバロ、ヴィオラ、ヴァイオリンが並ぶ。ピリオド(作曲当時の)奏法も念頭に置いてアーティキュレーションやフレージングを整え、リズムを際立たせる演奏様式はHIP(歴史的情報を踏まえた演奏)のデフォルトを高い水準で満たす。

カヴァコスは「弾き振り」と呼ばれる指揮の素振りは一切みせずヴァイオリン演奏に徹し、音楽のパルスでアンサンブルに刺激を与え、自発性を極限まで引き出していく。ガット弦を張ったわけではないのに純度が高く、柔らかな音それ自体に魅力のあるソロだ。アレグロ楽章では鋭い切れ味もみせ、緩徐楽章の静謐(せいひつ)な歌との対比を際立たせる。次の曲との間は、チェンバロ奏者のマルマラスが即興のソロでつなぐ。第2番以降はエンジンが全開し、ソロはヴィルトゥオーゾ(名手)の風格を増して装飾音の即興や大胆な間の取り方でも魅了した。チェンバロ協奏曲から復元された2曲のうち、ト短調BWV1056Rの第2楽章にはバッハがヴィヴァルディを必死に吸収した痕跡が露骨に現れ、カヴァコスは弦合奏のピッツィカートの上で思い切り、息の長い旋律を歌わせた。

カヴァコスは「弾き振り」の素振りはみせず、ヴァイオリン演奏に徹した
カヴァコスは「弾き振り」の素振りはみせず、ヴァイオリン演奏に徹した

最後のBWV1052Rは今日、「チェンバロ協奏曲第1番」として頻繁に演奏される曲だけに、ヴァイオリン・ソロもボウイングの工夫で細かな音の動きを強調した。合奏のテンションは一段と上がり、両端楽章のたたみかけも強烈だったが、バロック・ピッチの落ち着いた味わいを生かし、たっぷりの余韻を残した緩徐楽章の集中力にも感心する。アンコールの「アリア」はあまりにも美しく、ようやくセピア色に輝き出した秋の夜、天上から降り注ぐ芸術の神アポロンの調べのように思えた。

(池田卓夫)

終演後、出演者で記念撮影

公演データ

レオニダス・カヴァコス バッハ・プロジェクトⅡ 〝協奏曲の夜〟

10月15日(火)19:00東京オペラシティ コンサートホール

ヴァイオリン:レオニダス・カヴァコス
合奏:アポロン・アンサンブル
(ヴァイオリン:ノエ・イヌイ/アレクサンドロス・サカレロス、ヴィオラ:イリアス・リヴィエラトス、チェロ:ティモテオス・ペトリン、コントラバス:ミハリス・セムシス、チェンバロ:イアソン・マルマラス)

プログラム
J.S.バッハ:「ヴァイオリン協奏曲」
第1番イ短調BWV1041、第2番ホ長調BWV1042、ト短調BWV1056R、ニ短調BWV1052R

アンコール
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番二長調BWV1068より「アリア」

Picture of 池田 卓夫
池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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