小山実稚恵サントリーホール・シリーズConcerto「以心伝心」2024

総じて高度に芸術的――小山の音楽が100パーセント示された中身の濃い演奏

小山実稚恵がコンツェルトを弾く「以心伝心」シリーズ。3回目となる今年はモーツァルト最後の協奏曲第27番と若きブラームス渾身(こんしん)の第1番。広上淳一の指揮するNHK交響楽団との共演、コンサートマスターは篠崎史紀である。

広上淳一指揮、NHK交響楽団とモーツァルトとブラームスのコンツェルトを演奏した小山実稚恵 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
広上淳一指揮、NHK交響楽団とモーツァルトとブラームスのコンツェルトを演奏した小山実稚恵 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

モーツァルトの第1楽章のオーケストラ提示部。主題を奏でる弦のとろけるようなレガート。まろやかな木管の音色が弦に溶ける。とても繊細だが、小山のソロはそれ以上。儚(はかな)く美しい生き物を扱うようなデリケートなタッチで濃(こま)やかな陰影を描きだす。第2楽章が絶品。遅めのラルゲットでソロは囁(ささや)くよう。そんなソロにオーケストラが柔らかな音色の極上のカンタービレで応える。ソロとオーケストラは見事なバランスでいずれも表現は抑制され、隅から隅まで磨き上げられている。落ち着いたテンポの終楽章然り。ピアノのタッチは彫琢され、オーケストラは端然として、ソロのカデンツァが音楽的なアクセントをもたらすが、総じて高度に芸術的で聴き応えがある。

小山は儚く美しい生き物を扱うようなデリケートなタッチで濃やかな陰影を描きだした 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
小山は儚く美しい生き物を扱うようなデリケートなタッチで濃やかな陰影を描きだした 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

後半のはじめに上皇さまご夫妻が入場され、客席から歓声と拍手が沸き起こった。ブラームスの第1楽章冒頭。指揮者の気合の一振りに始まり、オーケストラの荘厳な雰囲気と響きの余韻に包まれてソロが登場。一音一音に思いを込めた丁寧な演奏で次第に熱を帯び、展開部以後の強奏は壮麗かつ熱情的。ここでも第2楽章が秀逸。慈愛に満ちたオーケストラに続くソロは、全身全霊で祈りを捧(ささ)げる人のようだ。静かで荘厳な美しさ。終楽章は硬質なタッチで引き締まったテンポと鋭利なリズムで力強く邁(まい)進。これほどテンションが高いと技巧的な難所でミスタッチのリスクが上がるが、超俗的な気品が生まれることも事実。ソロとオーケストラの表現の合一性が実現すると同時に、今の小山の音楽が100パーセント示された非常に中身の濃い演奏だった。アンコールはブラームスの「ワルツ」。静かな端然とした響きが、協奏曲の熱い情念を鎮める。
(那須田務)

公演データ

小山実稚恵サントリーホール・シリーズConcerto「以心伝心」2024

10月5日(土)16:00 サントリーホール 大ホール

ピアノ:小山実稚恵
指揮:広上淳一
管弦楽:NHK交響楽団

プログラム
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調K.595
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調Op.15

ソリスト・アンコール 
ブラームス:ワルツ第15番 変イ長調 Op.39-15

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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