楽譜に忠実に演奏することで演劇的なクライマックスは表現できる――ムーティが若い音楽家たちに伝えるヴェルディの奥義
リッカルド・ムーティが2015年にラヴェンナで始め、東京・春・音楽祭でも19年から開催しているイタリア・オペラ・アカデミーは、若い音楽家たちとリハーサルから上演まで共にすることで、その奥義を伝えるプロジェクトだ。リハーサルに先立って開かれるムーティによる作品解説は、聴衆にとっても一度きりの本番では知り得ないムーティのオペラに賭ける情熱を体感できる貴重な機会、自らピアノを弾きながらオペラを紐解くこともあったが、前回からは東京春祭オーケストラやソリストと公開リハーサルのような形で行っている。4回目の今年は、ヴェルディ青年期の作品「アッティラ」を取り上げ、文字通り作品に命が宿る瞬間に立ち合うことができた。
ムーティが使命感を持って伝えようとしていることはシンプルだ。ヴェルディの作品が聴衆の人気を得るために、スコアから逸脱した高音やルバートなどで本来あるべき姿からかけ離れた演奏をされていること、モーツァルトやワーグナーでは起こり得ないことがヴェルディでまかり通っていることを嘆き、楽譜に忠実に演奏するだけでも十分演劇的なクライマックスが表現できるということを、実演を通して知らしめる。
最初は緊張して指揮に必死についていくオーケストラが、ムーティのわずかな言葉を通じてみるみるうちに劇的な音に変化していく。相手をその気にさせる至言を、ユーモアや笑いを交えながら、時には歌って伝えるムーティの一挙手一投足に目が離せなくなった。
オーケストラと歌手が、いかにお互いを聴き合って共に音楽を創っていくべきか、ヴェルディではオーケストラが劇の一部を担う声でもあるということなど、目の前の若い音楽家たちが演奏する音を通して得心が行く。何よりも「アッティラ」がいかに魅力的でムーティが大切に思っているオペラなのかが伝わってきた。1週間のリハーサルを通して彼らがどのように成長するのか楽しみだ。
毬沙琳
公演データ
イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.4
リッカルド・ムーティによる「アッティラ」作品解説
9月3日(火)19:00東京音楽大学 TCMホール
登壇:リッカルド・ムーティ
管弦楽:東京春祭オーケストラ
他
プログラム
ヴェルディ:歌劇「アッティラ」
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。