周防亮介 イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲

最後の一音まで全身全霊で奏でる、周防ワールドを堪能したイザイ全曲演奏会

周防亮介というヴァイオリニストは一度聴いたら、周防にしかない音楽に心を奪われる稀有な存在だ。21年パガニーニの「24のカプリース」とシャリーノの「6つのカプリース」をミックスして全曲演奏したトッパンホールのリサイタルでは、超絶技巧を披露しながら、複雑に入れ替わる楽想を自在に歌いあげ、鮮烈な印象を残した。あれから3年を経て、周防が挑んだのがイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲だ。

満を持してイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲に挑んだ周防亮介(C)大窪道治 提供:トッパンホール
満を持してイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲に挑んだ周防亮介(C)大窪道治 提供:トッパンホール

バッハの無伴奏曲にインスピレーションを受け、自らもヴァイオリンの名手だったイザイが短期間で書き上げたという6つのソナタはいずれも超絶技巧が散りばめられ、作品を献呈した6人の名ヴァイオリニストへの敬意を込めて多様に書かれている。最もバッハを感じさせる第1番のグラーヴェから周防は情熱を込めて弾き始め、厳格なフーガにも魂の叫びを感じさせる。六重音であろうと深く歌い上げる姿勢に変わりはない。バッハのパルティータからの引用で始まる第2番は取り憑かれたような妄想や幻影の表現が大胆なまでに明確、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」が妖気迫る音で鳴り響いた。第3番「バラード」は周防が即興で弾いているような、インスピレーションあふれるレチタティーヴォに始まり、中盤からの超絶技巧と重音で繰り返されるメロディーは、湧き出る泉のように感情が解き放たれる。パルティータの様式を踏襲する第4番、パッサカリアのような繰り返しに、こちらも思わず前のめりになっていく。それは周防のヴァイオリンが聴く人の心を揺さぶる歌を持っているからなのだと改めて思った。

超絶技巧が散りばめられた難曲を深く歌い上げた(C)大窪道治 提供:トッパンホール
超絶技巧が散りばめられた難曲を深く歌い上げた(C)大窪道治 提供:トッパンホール

第5番は第1楽章「曙光」で印象派の響きを奏でるが淡い光というよりは鮮明なイメージ。第2楽章「田舎の踊り」では生命力にあふれ、雄弁かつ強靭な左手のピッツィカートや超速パッセージに心を揺さぶられた。そして辿り着いた第6番、華やかな超絶技巧とハバネラのリズムがロマンティックな楽想を周防は情熱的かつ明瞭に歌い上げ、最後の一音まで全身全霊を込めて弾き終えた。なんという濃密な2時間、周防ワールドを堪能したイザイ全曲演奏会だった。

(毬沙琳)

公演データ

周防亮介 イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲

8月8日(木)19:00トッパンホール

周防亮介(ヴァイオリン)

プログラム
ウジェーヌ・イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Op.27
第1番 ト短調 献呈:ヨーゼフ・シゲティ
第2番 イ短調 献呈:ジャック・ティボー
第3番 二短調 献呈:ジョルジェ・エネスク
第4番 ホ短調 献呈:フリッツ・クライスラー
第5番 ト長調 献呈:マチュー・クリックボーム
第6番 ホ長調 献呈:マヌエル・キロガ

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毬沙 琳

まるしゃ・りん

大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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