沼尻流の深読みと、新次元に入ったN響の進化が光った「ザ・ブラームス」
このフェスティバルは、指揮者とオケの組み合わせの妙が、楽しみのひとつ。NHK交響楽団は今回、ベテランの沼尻竜典と組んだ。テーマは「ザ・ブラームス」。定番の4つの交響曲を避け、それに続く「第5番」の異名があるピアノ四重奏曲第1番の管弦楽版をメーンとし、前半にシンフォニックなヴァイオリン協奏曲を置く重量級プロだ。前者は、ことし生誕150周年のシェーンベルクによる編曲で、知将の沼尻らしい目端が利いたチョイスとなった。
ヴァイオリン協奏曲の独奏は、やはり円熟を深める戸田弥生。沼尻とは桐朋学園大学の同窓生で、気心が知れている。冒頭から確信に満ちた表情でたっぷり歌い込み、気迫のこもった音色で魅了した。歌い回しには独特の粘りがあり、かっぷくの良い風格を醸す。沼尻も内声部の手厚い堂々たるバックで支えた。
第1楽章ではマックス・レーガーによる珍しいカデンツァで激しくパッションを燃え上がらせ、続くアダージョ楽章ではヴィブラートを使い分けて細やかなニュアンスを表出。N響に客演したオーボエの高島拓哉(フィンランドのトゥルク・フィル首席オーボエ奏者)と情感豊かな交歓を披露した。
後半のピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)は、沼尻の思い入れが深い1曲。渡米後のシェーンベルクが施した先鋭なオーケストレーションを見通しよく処理し、20世紀の視点から照射したブラームスの革新性を、共感に満ちた解釈で明らかにした。傾倒ぶりは、活力あるタクトからも伝わった。
N響も生き生きとした表情で応え、水際だった合奏能力とトップ奏者らの名人芸が、ちょっとキッチュな色彩感を存分にあぶり出した。切れ味と、みずみずしい勢いは驚異的で、アンサンブルの速い反応や打楽器群の鮮やかなインパクトが、みごとな効果をあげていた。
沼尻流の深読みと、新次元に入ったN響の進化が光る、手ごたえあるブラームス選となった。
(深瀬満)
公演データ
NHK交響楽団 フェスタ サマーミューザ KAWASAKI2024
8月4日(日)16:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:沼尻竜典
ヴァイオリン:戸田弥生
管弦楽:NHK交響楽団
プログラム
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
ブラームス (シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 Op.25(管弦楽版)
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。