スカッとさわやか! ミューザ川崎に鳴り渡る都響の「小泉劇場」
ある世代から次の世代へと受け継がれるもの、その価値を再発見する一夜だった。2年前までフランチャイズ・オーケストラ、東京交響楽団のコンサートマスターとして約10年間、夏のフェスタを担ってきた水谷晃が都響のコンマスとしてミューザに戻ってきた。都響第2代音楽監督、渡邉暁雄の時代にコンマスを務めた小林健次は水谷の恩師であり、このポストへの就任が長年の夢だったという。水谷はブラームス「交響曲第1番」の第2楽章のソロを万感の思いをこめて弾き、指揮者は終演後、心からの賞賛を送った。
小泉和裕もベルリン留学中の1973年にカラヤン国際指揮者コンクールに優勝、巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンから授かった教えを基本に半世紀あまり「ぶれずに、まっすぐ」の音楽を貫いてきた。前半のモーツァルト、「交響曲第40番」は編成こそ12型(第1ヴァイオリン=12人)に絞ったが、配置はヴァイオリン全員を下手(客席から見て左側)に寄せたアメリカ型、アーティキュレーションやフレージングにも特に18世紀音楽を意識した形跡はない。カラヤン指揮ベルリン・フィルの録音を彷彿とさせる様式感。「哀しみのシンフォニー」の感傷に溺れず、聴く人それぞれの心に映る音楽に委ね、揺るぎない歩みを保つ。だが第3楽章中間部のトリオに儚い美しさを漂わせたり、第4楽章の無骨で深いくまどりがハイドンとの関連を思わせたりで、実は芸が細かい。クラリネットを加えた改訂版を採用、都響の木管群が健闘した。
〝居心地のいい大きなおうち〟のごときブラームス「第1番」
後半のブラームス「第1番」は16型に拡大。金管楽器は指定通りホルン4、トランペット2、トロンボーン3の編成だった。予想通り、小泉はロマン派の音楽に高い適合度を示した。第1楽章は都響の優れた合奏力を徹底して駆り立て、フレーズの1つ1つに凄い気迫をこめ、颯爽(さっそう)とした運びにもかかわらず「重厚長大」型演奏の極致を行く。第2楽章ではコンマスだけでなくオーボエ首席の鷹栖美恵子も美しいソロを奏で、弦楽器群は水谷の巧みなリードで透明度を保ちつつ、大河のように流れる。私の脳内に突然、「居心地のいい大きなおうち」という言葉が浮かんだ。この心地よい美しさは第3楽章に持ち越されたが、小泉は依然として特段の思い入れをみせず、淡々と高揚に誘導する。
様相が一変したのは第4楽章だった。序奏前半のピッツィカートが1音1音、異様なほどはっきりと発音され、ホルン(西條貴人)とフルート(松木さや)の明瞭かつ豊かなソロへと続く。第1主題の出だしは端正な歌わせ方にとどまったが、熱を帯びてきた瞬間、大胆なアッチェレランド(加速)が現れ、巨大なスケールの音楽が滔々(とうとう)と広がる。メタフィジカル(形而上的)な音の陶酔はない代わり、地上の音楽生活の「番人」の微動だにしない確信がここにはある。世の中全体が上向き、高度経済成長の活気に満ちていた昭和後半の熱気を今に伝える演奏ともいえる。その「スカッとさわやか」なサウンドに溜飲を下げた聴き手は多かったとみえ、小泉に惜しみない拍手と歓声が送られていた。
(池田卓夫)
公演データ
東京都交響楽団 フェスタサマーミューザKAWASAKI2024
8月1日19:00(木)ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:小泉和裕(東京都交響楽団 終身名誉指揮者)
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:水谷晃
プログラム
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K. 550
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op. 68
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。