情緒に溺れないクリアーな表情――ウェールズ弦楽四重奏団のユニークな個性が明るみに
サントリーホールが催す「チェンバーミュージック・ガーデン」の目玉のひとつは、楽聖の弦楽四重奏曲を一気に取り上げる「ベートーヴェン・サイクル」だ。集中力と体力の両面で極度の負担を強いる難物に今回挑むのは、日本のウェールズ弦楽四重奏団。2006年の結成から18年、現在のメンバーで既に2度のツィクルスを経験し、CDの全集(フォンテック)も進行中という絶妙なタイミングだ。
初日は初期の作品18から2曲に、晩年の傑作群で劈頭を飾る第12番という構成。彼らの節目となった大切な3作品が選ばれた。
「あいさつ」の愛称もある第2番ト長調では、第1楽章冒頭の掛け合いから、弱音の豊富なニュアンスに息をのんだ。会場の空間サイズを計算したダイナミクスの細やかな階調が、一貫していた。造形は研ぎ澄まされ、テンポや表情には落ち着きがある。微妙なタメも駆使し、合奏のテクスチュアが羽毛のように軽い。
また各奏者のヴィブラートは、第1ヴァイオリン(﨑谷直人)が意識的に抑制するのに対し、低弦に行くほど自由になり、チェロ(富岡廉太郎)はむしろ大胆に活用した。その結果、響きや音色の幅が広がり、繊細な高域にふくよかな低域というバランスが生きた。
同じ作品18でも重みが増す第5番イ長調では、第3楽章の変奏を丁寧に弾き分けるなど、2曲の性格の違いを浮き彫りにした。
ウェールズ弦楽四重奏団の個性が一段と明確になった「第12番」
後半の第12番変ホ長調では、これらの要素が敷衍され、彼らのユニークな個性が一段と明確になった。それは、あたかも精巧に作り込まれた工芸品の小宇宙をのぞき込むような感覚で、情緒に溺れないクリアーな表情は潔癖。長大な第2楽章の変奏のドラマや、第3楽章に潜むユーモアは、この団体一流の音楽語法に溶けこんだ。
用意周到な彼らのこと、サイクルの続きでは、さらに興味深い山場があるだろう。
(深瀬満)
公演データ
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2024
ウェールズ弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクルⅠ
2024年6月8日(土) 18:00サントリーホール ブルーローズ
ヴァイオリン:﨑谷直人/三原久遠
ヴィオラ:横溝耕一
チェロ:富岡廉太郎
プログラム
ベートーヴェン:
弦楽四重奏曲第2番 ト長調 作品18-2
弦楽四重奏曲第5番 イ長調 作品18-5
弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127
(他日程)
6月9日(日) 17:00、11日(火) 19:00、12日(水) 19:00、13日(木) 19:00、15日(土) 18:00
サントリーホール ブルーローズ
※各日程のプログラム等の詳細は、サントリーホール公式ホームページをご参照ください。
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2024 主催公演 サントリーホール (suntory.co.jp)
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。