カラヤンらの巨匠から受け継いだ小泉の音楽作りに見事に応えた新日本フィル
新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に、同団初代音楽監督である小泉和裕が登壇した。小泉が音楽監督を務めていたのは、1975年から79年まで、ほぼ半世紀前である。彼は、1973年にカラヤン国際指揮者コンクールで第1位を獲得し、1975年にベルリン・フィルの定期演奏会にデビュー。1976年にはザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮した。つまり小泉は、カラヤンらの巨匠がいた時代のオーケストラの音や音楽作りを身をもって体験し知っている最後の世代の指揮者といえる。その後彼は、九州交響楽団、東京都交響楽団、日本センチュリー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などの首席指揮者や音楽監督を歴任。まさに日本音楽界の重鎮と呼ぶべき存在となっている。
この日は、ベートーヴェンの交響曲第8番とチャイコフスキーの交響曲第4番が取り上げられた。ベートーヴェンの第8番は、第1ヴァイオリンが14名という、最近のトレンドと比べると大きめの編成で演奏された。小泉は、オーケストラをしっかりと鳴らし、厚みのある音を引き出す。アクセントには重みがあり、優美な箇所はレガート(滑らか)に歌う。強弱の変化も明確。カラヤン&ベルリン・フィルのベートーヴェン演奏を思い出してしまう。全曲を通してテンポは快適。第3楽章は風格のあるメヌエット。トリオのクラリネットのソロが見事だった。
チャイコフスキーの第4番は、若い頃にイギリスのロイヤル・フィルと録音を残す、小泉の十八番のレパートリーの一つ。ここでは、純音楽的な堂々たる演奏が繰り広げられた。オーケストラを十分に鳴らしながら、良いバランスを取る。カンタービレはしなやかで幅広い。第2楽章のオーボエのソロが美しい。小泉が20世紀後半のカラヤンらの巨匠から受け継いだ音楽作りは円熟味を増し、古典派、ロマン派、それぞれのレパートリーにおいて今の新日本フィルがよく応えていた。
(山田治生)
公演データ
新日本フィルハーモニー交響楽団 第656回定期演奏会
2024年5月19日(日)14:00 サントリーホール
指揮:小泉和裕
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ベートーヴェン:交響曲第8番 ヘ長調 Op. 93
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op. 36
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。