聴き手を青春へ導く2人の女声と色彩的な管弦楽
プッチーニのオペラを演奏会形式で上演するのは難しい。ピットから出て舞台に上がった編成の大きなオーケストラが、歌手の声をかき消すからだが、ピエール・ジョルジョ・モランディが指揮する東京交響楽団による、音量を巧みに制御した色彩的な管弦楽の前に、その心配は要らなかった。
したがって、歌唱が映える。マルコ・カリア(バリトン)のノーブルなマルチェッロも、ボグダン・タロシュ(バス)による低声が黒光りするコッリーネも、叙情性が強調された管弦楽とからんで青春の情緒を醸し出す。
少し誤算だったのは、世界的な売れっ子になったステファン・ポップ(テノール)が歌うロドルフォ。冒頭から声が自然に飛ばないので押しがちで、声を守るためか、支えのない声を発する。好調時を知っているだけに残念ではあったが、一定以上の水準ではある。ロドルフォが突出せず、「ボエーム(若き芸術家)」たちの自然な生活情景が映えたともいえる。
収穫があったのは女声陣で、ミミを歌ったイタリアの若いソプラノ、セレーネ・ザネッティは潤いある声が自然に響き、美しい倍音をともなって無理なくフォルテに達する。第3幕のロドルフォに別れを告げるアリアなど、悲しい叙情を品よく煽る管弦楽の味方を得て、聴き手の胸に訴える。ムゼッタを歌ったエチオピア生まれのイタリア人、マリアム・バッティステッリ(ソプラノ)も、バネのある声を自在に操り、言葉も美しい。
適材適所のすぐれた声がバランスよく配置されているため、第3幕フィナーレの四重唱は絶品。それが憂いを帯びた魅惑的な管弦楽に彩られ、涙腺を刺激される点は、第4幕フィナーレも同様だった。
また、ウィーン国立歌劇場の元総裁で今年89歳になるイオアン・ホレンダーがアルチンドロ役で登場したのには驚いた。それぞれが最低限の演技をし、演出がなくてもこれで十分ではないか、と思うほど想像力が喚起されたことも強調しておきたい。
(香原斗志)
※取材は4月11日(木)の公演
公演データ
東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5
「ラ・ボエーム」(演奏会形式/字幕付)
2024年4月11日(木)18:30、14日(日)14:00東京文化会館 大ホール
指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
ロドルフォ(テノール):ステファン・ポップ
ミミ(ソプラノ):セレーネ・ザネッティ
マルチェッロ(バリトン):マルコ・カリア
ムゼッタ(ソプラノ):マリアム・バッティステッリ
ショナール(バリトン):リヴュー・ホレンダー
コッリーネ(バス): ボグダン・タロシュ
べノア(バス・バリトン):畠山 茂
アルチンドロ(バリトン):イオアン・ホレンダー
パルピニョール(テノール):安保克則
管弦楽:東京交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
合唱指揮:仲田淳也
児童合唱指揮:長谷川久恵
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。