河村の見事な弱音が白眉!ヴェルバーの推進力ある指揮でブラームスを熱く牽引(けんいん)
ウィーン交響楽団の来日は、フィリップ・ジョルダンに率いられた2017年以来、7年振(ぶ)り。ウィーン響では、昨年、アンドレス・オロスコ・エストラーダが首席指揮者を離れ、今年秋にペトル・ポペルカが首席指揮者に就任する。つまり現在は、首席指揮者は空席で、首席客演指揮者のポストにマリー・ジャコが就いている(ちなみにジャコは今週、読売日本交響楽団に客演中である)。今回、ウィーン響のアジア・ツアーを率いているのは、イスラエル出身のオメル・メイール・ヴェルバー。現在、パレルモのマッシモ劇場の音楽監督であり、2022年から23年までウィーン・フォルクスオーパーの音楽監督を務めた。日本では、2010年にサイトウ・キネン・フェスティバル松本で「サロメ」を指揮している。
今日(3月13日)は、オール・ブラームス・プログラム。ピアノ協奏曲第1番と交響曲第1番が並べられた。ピアノ協奏曲第1番の第1楽章は、やや速めのテンポのオーケストラで始まる。独奏の河村尚子も良いテンポで、力まず、美しくピアノを奏でる。もちろんここというところでは十分に重みのある音も出す。第2楽章での河村の磨き抜かれた弱音を使っての深みのある表現がこの演奏会の白眉であったといえるだろう。オーケストラも弱音表現が見事で、とりわけ木管楽器陣が美しい。第3楽章は、河村が第2楽章とは対照的に明晰(めいせき)かつ動的に演奏。全体を通して、河村はオーケストラとよくコミュニケーションを取る。そして彼女の優れた技巧は決してショウ的なものではなく、緻密な音楽表現に活かされていた。アンコールのブラームスの「4つのピアノ曲」作品119も軽快かつ緻密な演奏。
交響曲第1番でも、ヴェルバーのテンポは速め。第1楽章冒頭から力のこもった音楽。主部も熱く、躍動感がある。第2楽章ではソロ楽器の活躍が印象的。第4楽章も指揮に推進力があり、堂々たるコーダで締め括(くく)られた。ただし全体としては作品にふさわしい味わいが不足しているようにも感じられた。ウィーン響は、中低弦楽器の鳴りが良く、木管楽器やホルンが非常に魅力的。アンコールにブラームスのハンガリー舞曲第5番とシュトラウス兄弟の「ピッツィカート・ポルカ」。巧みな緩急やテンポの伸縮で楽しませてくれた。
(山田治生)
公演データ
オメル・メイール・ヴェルバー指揮 ウィーン交響楽団
2024年3月13日(水)、14日(木)19:00 サントリーホール
15日(金)19:00兵庫県立芸術文化センター
指揮:オメル・メイール・ヴェルバー
ピアノ:河村尚子(13日、15日)
管弦楽:ウィーン交響楽団
プログラム
13日、15日
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 Op.15
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op.68
(13日のアンコール情報)
ソリストアンコール
ブラームス:4つのピアノ曲より第3曲Op.119-3
管弦楽アンコール
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
J.シュトラウスⅡ:ピッツィカート・ポルカ(ヨゼフ・シュトラウス合作)
14日
ベートーヴェン:交響曲第8番 ヘ長調 Op.93
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 Op.92
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。