真の名手たちによる成熟した室内楽を堪能する一夜
例年ディープな内容が際立つトッパンホールのニューイヤーコンサート。今年も本格派の作品が並ぶ。ただし、チェロのペーター・ブルンズが体調不良で来日できず、遠藤真理が急遽(きょ)代役に立って、ヴァイオリンの日下紗矢子、ピアノのフローリアン・ウーリヒと共演。曲目も一部変更となった。
従って合わせる時間も限られたであろう。最初のメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、やや乾き気味の滑り出し。まずは、日下5、ウーリヒ3.5、遠藤1.5くらいの比率で進行する。とはいえ、第1楽章終盤の迫真性や第2楽章のまろやかさが光り、第3楽章では3者の一体感も強化。第4楽章では生気に富んだ音楽が展開される。2曲目、ウーリヒが弾くシューマンの「子供の情景」は、明確で品のある“大人の情景”の趣。
後半1曲目は、シュルホフの二重奏曲からシューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番に変更された。ここで日下が渾身(こんしん)の演奏を聴かせる。彼女らしいストレートな運びながら、表現が実にアグレッシブでパッショネイト。2番に比べて影の薄いこの曲がこれほど雄弁だったとは! そう感じたのは初めてだ。
最後のブラームスのピアノ三重奏曲第1番は、一体感が俄然(がぜん)増した濃密かつ白熱の快演。ここは3者が同格・同率の動きで骨太のロマンが表出される。第2楽章中間部の重層的な高揚感、第3楽章のデリケートな味わい、第4楽章のスケールの大きさは特に印象的。真の名手が揃(そろ)えば室内楽も一夜で成熟する。その様をリアルに体験したとの思いしきりだ。
(柴田 克彦)
公演データ
トッパンホール ニューイヤーコンサート 2024
2024年1月21(日)15:00トッパンホール
日下紗矢子(ヴァイオリン)
遠藤真理(チェロ)
フローリアン・ウーリヒ(ピアノ)
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.49
シューマン:子供の情景 Op.15
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105
ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。