交差する軌跡が生み出した、まれにみる名演奏
作曲家と指揮者、ソリスト、オーケストラそれぞれの軌跡がクリスマス前の東京で交差した。
1944年クラクフ生まれのアントニ・ヴィトは作曲をペンデレツキに学び、ポーランドの同時代音楽紹介をライフワークとしてきたマエストロ。1971年のカラヤン指揮者コンクール入賞を機に、ヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務めた振り出しは、5歳年少の都響終身名誉指揮者、小泉和裕に一脈通じる。ペンデレツキはマーラーと同じく作曲と指揮の二刀流で、都響にも3度客演した。「交響曲第2番」には明らかにマーラー時代の交響曲への回帰がみられ、第2代音楽監督の渡邉曉雄が毎年12月にマーラーを紹介した1970年代以来の蓄積を持つ都響の同化しやすい作品だった。さらにソリストの反田恭平が留学したワルシャワ音楽院で、ヴィトは教授を務めていた。
ヴィト渾身(こんしん)の指揮と都響のパワー全開!
映画「戦場のピアニスト」の音楽でも知られるキラールの小品は前衛から普遍に転じた時期、1972年の作曲で精妙な音の響き合いが聖夜に向けての時期に相応(ふさわ)しい雰囲気を醸し出す。ラフマニノフでのヴィトは低弦を強調、ロシアのオーケストラ風のダークな音をつくる。反田も様々な新機軸を打ち出すが完成には至らず、同床異夢の居心地の悪さを覚えた。第3楽章に至って両者が噛(か)み合い、丁々発止の醍醐味(だいごみ)が生まれた。
ペンデレツキは1980年の作曲(1981年改訂)。強烈な音響と時に哀切にも響く静寂の対比、《きよしこの夜》の引用が示唆する社会主義国家とキリスト教の関係、ポーランド人のローマ法王ヨハネ・パウロ2世の母国訪問(1979年)のインパクトなどが35分余りの絵巻物の中に織り込まれ、聴き手に多様な歴史の記憶を想起させる。ヴィト渾身の指揮と都響のパワー全開がどこまでも一体化、まれにみる名演奏を体験することになった。
(音楽ジャーナリスト池田卓夫)
公演データ
東京都交響楽団第990回定期演奏会Bシリーズ
2023年12月19日(火)19:00サントリーホール
指揮:アントニ・ヴィト
ピアノ:反田恭平
コンサートマスター:山本友重
<プログラム>
キラール《前奏曲とクリスマス・キャロル》
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」
ペンデレツキ「交響曲第2番《クリスマス・シンフォニー》」
ソリスト・アンコール
シューマン(リスト編曲)《献呈》
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。