<第59回> アンジェラ・ミード(ソプラノ)

アンジェラ・ミード=ローマ歌劇場「ルクレツィア・ボルジア」より (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell’Opera di Roma
アンジェラ・ミード=ローマ歌劇場「ルクレツィア・ボルジア」より (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell’Opera di Roma

これほど圧倒的な声を

これほど自在に操れるソプラノはいない

アンジェラ・ミードが歌うのをはじめて生で聴いたのは2018年4月、トリノ王立劇場でのことだった。ヴェルディ初期の「第1回十字軍のロンバルディア人」でジゼルダという役を歌ったのだが、最初はその大きな体躯を目にして構えてしまった。しかし、すぐにその声を浴びる快感に浸った。

声量が十分すぎるほどで、その巨声が縦横に操られていることに驚かされる。長い旋律を均一につむぎながら、絹の糸のようなピアニッシモまでなめらかにディミヌエンドする。そうかと思うと急速なカバレッタで、小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタを正確に、力強く刻み、ハイCまで楽々と駆け上がってたっぷりと響かせる。声の柄の大きさと弱音の美しさは全盛期のモンセラート・カバリエのようで、ゲーナ・ディミトローヴァのような力強さもあった。

1977年にアメリカのワシントン州で生まれたミード。2007年にメトロポリタン歌劇場のナショナル・カウンシル・オーディションでグランプリに輝いたのをはじめ、50ものコンクールに優勝したという。それも納得の圧倒的な歌唱である。

難をいえば、声が出るものだから、フォルテを力でさらに押してしまうところがある。しかし、押さなくても十分に力強い声なので、絶叫にはならない。中低音の響きが少し足りないが、声量でカバーされる。こうした瑕疵(かし)は力強い流麗なフレージングのなかに解消されてしまう。それほど声に力がある。

圧巻だったローマの「ルクレツィア・ボルジア」

ミードがすごいのは、この声でロッシーニも歌いこなすところである。ロッシーニは軽い声で歌うものと思われがちだが、のちにこの作曲家の妻になったスペインのソプラノ、イザベラ・コルブランがヒロインを歌う前提で書かれたオペラ・セリア(正歌劇)の諸作では、アジリタの超絶技巧はもとより、かなりドラマティックな声が求められる。巨声と切れ味のよいアジリタが両立しているミードには、ある意味、うってつけなのである。

とはいえ、ドニゼッティや初期ヴェルディなど、ベルカント・オペラの流れを汲んだ初期ロマン派の作品のほうが、しっくりくるのはまちがいない。

2025年2月19日、ローマ歌劇場でドニゼッティ「ルクレツィア・ボルジア」のタイトルロールを歌うのを聴いた。やはり圧巻の歌唱だった。ふわっと響くビロードのような弱音に恍惚とさせられ、豊かな倍音をともなって劇場の空気をつんざく高音に圧倒される。そんな強弱の対比のなかで、毒を盛る女と怖れられたルクレツィアの底知れぬ闇も、じつは闇よりも濃いかもしれない母としての愛情も、強く浮かび上がる。

ローマ歌劇場「ルクレツィア・ボルジア」より、題名役を歌うアンジェラ・ミード (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell’Opera di Roma
ローマ歌劇場「ルクレツィア・ボルジア」より、題名役を歌うアンジェラ・ミード (C)Fabrizio Sansoni-Teatro dell’Opera di Roma

この日も気になる点はあった。声力があるからこそフォルテで声を押してしまう。中低音の欠点も修正されたわけではない。とはいえ発声の癖は少なく、全体としてはバランスがとれた歌唱になる。そして耳に残る印象は、一言でいえば「すごい」。それはこの「ルクレツィア・ボルジア」の公演全体に、「すごい」という印象を残すほどのものだった。

「トゥーランドット」のタイトルロールも歌うようだが、すごい声と、ロッシーニを歌いこなせるテクニックが併存しているミードだから、この役の複雑な内面がどこまで掘り下げられることだろうか。聴いてみたい。

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香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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