奥井紫麻は今最も注目されている若手ピアニストの一人である。2004年生まれ。12歳からモスクワで学び、現在、ジュネーヴで研鑽(けんさん)を積んでいる。そんな彼女が8月1日にショパン、リスト、ラフマニノフの作品によるリサイタルを開く。
(取材/文:山田 治生)

——5歳でピアノを始めたそうですが、きっかけは何ですか?
奥井 母がロシアのバレエが好きだったので、3歳からバレエを始めて、そのあと、母が、ピアノの音楽でリズムなどを身に着けた方がいいかな、と思ったのがきっかけです。それで近所のピアノの教室に1年くらい行きました。ピアノの譜読みが好きで、新しい曲をさらう(練習する)のが好きでした。最初についた先生がレッスンに持ってきた曲をあればあるだけ見てくれました。そのせいでピアノのある生活が自然になりました。
——それで、早くも8歳でオーケストラと共演されたのですね。
奥井 ピアノのコンクールのガラコンサートでした。(注:奥井は、ウクライナでのウラディーミル・ホロヴィッツ記念青少年国際ピアノコンクール”Horowitz-debut”で第1位に入賞したことで、ミコラ・ジャジューラ指揮ウクライナ国立交響楽団とハイドンのピアノ協奏曲を演奏した)
——プロフィールには「12歳でゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団と共演」とありますが、これはどのような演奏会だったのですか?
奥井 デニス・マツーエフさんがプロデュースしているモスクワ国際グランド・ピアノ・コンクールの入賞者がウラジオストックのマリインスキー国際極東音楽祭で演奏できる機会があり、グリーグのピアノ協奏曲を弾きました。
——そして、モスクワに留学されますが、ロシアに惹かれた理由は何ですか?
奥井 母がロシア・バレエが好きなこともありますし、7歳から11歳まで習っていたエレーナ・アシュケナージ先生がロシア人だったので、先生からロシアのことを学んでいました。
——モスクワに留学したきっかけは何ですか?
奥井 エレーナ・アシュケナージ先生が病気のため帰国されたので、13歳になる直前に後をついていく形でモスクワに行き、モスクワ音楽院付属中央音楽学校に編入しました。
——モスクワでの暮らしはいかがでしたか?
奥井 音楽だけでなく、その他の一般の数学とかロシアの歴史とかの授業もロシア語なので、まずはついていくのが大変でした。
——いつからロシア語を学んでいましたか?
奥井 本格的にやったのはロシアに行ってからです。でも、エレーナ・アシュケナージ先生はロシア人なので、レッスンで言われるロシア語単語はわかっていました。
——モスクワ音楽院付属中央音楽学校はどれくらいいましたか?
奥井 実際に行ったのは半年ちょっとくらいです。エレーナ・アシュケナージ先生が亡くなってしまい、その後、先生を探してグネーシン特別音楽学校へ編入し、タチアナ・ゼリクマン先生に習いました。そこは2023年の卒業までいました
——エレーナ・アシュケナージ先生はどういう先生でしたか?
奥井 本当に熱心な先生で、週1回のレッスンでしたが、2時間とか2時間を超えたりとか、よく見てくださいました。曲を勉強しているときは、1小節ずつ解説してくださり、先生の言ったことを生徒ができるまでレッスンが終わらないのです。納得するまでしっかり見てくださる。そこで身についたことは大きいですね。
——アシュケナージ先生が基礎を築いてくださったということですか?
奥井 そうですね
——タチアナ・ゼリクマン先生はいかがですか?
奥井 音楽が大好きで、熱心で、20代からモスクワで教えて、60年近くピアノ・レッスンをしている方です。八十何年生きてられるので、昔のこととか、さまざまなことを教えてくださいます。
——グネーシン特別音楽学校ではどういうレパートリーを勉強しましたか?
奥井 わりとさまざまな時代の作曲家を勉強しましたが、先生がショパンとスクリャービンが特に好きで、その2人の作品を毎年勉強していました。
——ロシアものではスクリャービンが中心だったのですね。
奥井 私の場合はスクリャービンが多く、あとはプロコフィエフ。ラフマニノフはピアノ・ソナタ第2番くらいでした。
——モスクワでは、ピアノ協奏曲の勉強はどうでしたか?
奥井 毎年1、2曲は必ずやるようにしていて、モーツァルトは2曲、ラフマニノフは第2番と第1番、プロコフィエフは第3番、ショパンも勉強しました。

——ロシアがウクライナに侵攻して、どんな影響がありましたか?
奥井 日本とロシアの直行便がなくなりました。ロシアとヨーロッパも経由できる場所が限られていて、トルコやアルメニアを経由しています。モスクワの中心部には大きな変化はありません。たまにドローンが来て規制がありますが。
——その後、2023年にジュネーヴ高等音楽院に進まれましたね。
奥井 ジュネーヴを選んだ理由は、ジュネーヴ高等音楽院にネルソン・ゲルナー先生がいらっしゃるからです。私はゲルナー先生のレッスンが好きなのです。
——ゲルナーさんはどんな先生ですか?
奥井 心優しく親切で色々なことを教えてくださる方です。
——ジュネーヴはどんな街ですか?
奥井 こじんまりした可愛い街で、のんびりしている。自然豊かで、練習の合間にいろいろ気分転換できます。
——ジュネーヴ高等音楽院ではどのような曲を勉強していますか?
奥井 最近はラフマニノフが多いのかな。プレリュードをけっこうたくさんやっていて、今はエチュードとかをやり始めています。
——しばらくはジュネーヴにいるのですね。
奥井 今、2年目で、あと1年、音楽院の課程があります。それからはまた考えます。

——8月1日にHakuju Hallでリサイタルをひらかれますが、プログラムはどのように決めましたか?
奥井 今回は私の好きな作曲家の作品の中から好きな作品、弾きたい作品を選びました。私がお客さまに届けたい作品です。
——今回、ショパンのピアノ・ソナタ第3番をとりあげた理由を教えてください。
奥井 ショパンのピアノ・ソナタ第3番は2020年に初めて勉強して、何度か弾いています。ショパンの中から選ぶならこの作品だと思いました。第3番は、誰かの人生を見ているような感じがして、自分自身で弾いてもいろいろ考えさせられる作品です。毎回弾くたびに新鮮な気持ちになります。
——考えさせられるとは?
奥井 自分の人生のことだったり、世界のことだったり、感じながら弾いています
——リストの「メフィスト・ワルツ第1番」はいかがですか?
奥井 リスト自身がヴィルトゥオーゾ(超絶技巧)なピアニストで、ピアノを華やかな楽器としてみせられるのがすごく上手く、その意味でお客さまにとっても楽しい作品なので選びました。
——ラフマニノフはいかがですか?
奥井 ラフマニノフもショパンやリストと同じようにピアニストとしてすごく活躍していた人で、ピアノの楽器としての良さをよくわかっています。ピアノの深い響きやロシア的なロマンティックさがあふれています。いつも弾きたいし、これからも勉強したいと思っています。
——ラフマニノフを弾いているとロシアの風景が浮かびますか?
奥井 はい。ロシアの広大な自然、雪の風景とか教会の鐘が、ラフマニノフの作品によく現れてくるので、そういうことをイメージして演奏します。
——今回弾く「音の絵」はいかがですか?
奥井 「音の絵」は、一つひとつのスケールが大きくて、弾いているのが楽しい作品です。お客さんにもピアノの楽器の良さとか、あとはショパンやリストとの個性の違いを聴いていただけたらと思います。
——聴きどころは?
奥井 すごくピアノが華やかの鳴らしているところ、そして心に訴えかけるメロディーやハーモニーを楽しんでいただけたらと思います。
——リサイタル全体ではどういうところを聴いてほしいですか?
奥井 ショパンのピアノ・ソナタ第3番は、タイトルはないのですが、聴いていて色々な人生のシーンを連想させてくれる作品です。リストの「メフィスト・ワルツ」はゲーテの「ファウスト」からきていますし、『音の絵』もそれぞれ連想させるものがあるので、演奏会を通して、自由に想像していただけたらうれしいです。
——7月30日にはフェスタサマーミューザKAWASAKIで熊井優&東京都交響楽団とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を共演しますね。チャイコフスキーの魅力は?
奥井 チャイコフスキーの第1番はバレエ音楽の要素がたくさんあるのでシーンが想像しやすく、聴いていて楽しい曲です。そういう作品の魅力を最大限に伝えたいと思います。
——将来の夢を教えていただけますか?
奥井 その時に演奏する作品の魅力を、聴いている人に新鮮に伝える演奏家になりたいと思っています。
——ありがとうございました。
奥井 紫麻 Shio Okui
2004年生まれ。7歳より故エレーナ・アシュケナージに師事。8歳でオーケストラと初共演し、12歳でゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団と共演。10歳よりスピヴァコフと世界各国で共演を重ね、15歳でベルリン・フィルハーモニーを始めとする欧州の著名ホールにデビュー。クライネフ・ モスクワ国際ピアノコンクールジュニア部門最年少第1位、ジュネーヴ・フレデリック・ショパン協会Prix Mireille Klemm受賞ほか数々の賞
モスクワ音楽院付属中央音楽学校を経て、2023年にグネーシン特別音楽学校のピアノ科を特別表彰を受け首席で卒業。現在ジュネーヴ高等音楽院にてネルソン・ゲルナーに師事。ロームミュージックファンデーション(2023、2024)、International Piano Foundation Theo and Petra Lieven of Hamburg奨学生。
公演情報
<プラチナ・コンサート・シリーズ Vol.20>
若きヴィルトゥオーゾが描き出す作品の諸相——
奥井紫麻 ピアノ・リサイタル
2025年8月1日(金) 19:00
Hakuju Hall(https://hakujuhall.jp/pages/access_index)
プログラム
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番ロ短調Op.58
リスト: メフィスト・ワルツ 第1番S. 514
ラフマニノフ:絵画的練習曲「音の絵」
Op.33より 第3番 ハ短調
Op.39より 第1番 ハ短調、第3番嬰ヘ短調、第6番イ短調、第8番ニ短調、第9番ニ長調ほか
※演奏曲順不同
リサイタルの詳細は下記URLから
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2158/