神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズの第2弾「ローエングリン」に主演する俳優・橋本 愛インタビュー

神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズの第2弾として10月5日、6日に同ホールで上演される異色オペラ「ローエングリン」(原作=ジュール・ラフォルグ、作曲・台本=サルヴァトーレ・ジャリーノ)に主演する俳優の橋本愛が毎日クラシックナビなどのインタビューに応じ、大きなチャレンジとなる同公演にかける思いを語ってくれた。 (取材・高橋理奈、有坂大輔、構成・宮嶋極)

異色のオペラ、サルヴァトーレ・シャリーノの「ローエングリン」に挑む橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa
異色のオペラ、サルヴァトーレ・シャリーノの「ローエングリン」に挑む橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa

挑戦のような気持ちで取り組んでいます。

——実際に登場する人物は橋本さんお一人という斬新な作品ですが、この公演にかける思いをお聞かせください。

橋本 最初にお話をいただいた時は、今までやったことのない作品なので面白そうだなっていう純粋な興味と、これまで自分が経験したことがない、慣れていない作品や役柄などに対して、恐怖心を抱いたものこそやるべきだと決めていたので、今回もある種の挑戦のような気持ちで臨んでいます。

——シャリーノの「ローエングリン」はオペラといっても多く人がイメージする美しいアリアが歌われる音楽劇とはかなり異なるスタイルの作品です。

橋本 オペラを観劇したことは何度かあって、朗々と歌い上げられる姿が一番印象的でした。あとは物語性がはっきりして、劇を見ているような感覚になりました。しかし、今回の作品は物語の流れはわりと無秩序というか、結構入り組んでいて、どこか統制の取れていないカオスのような舞台と感じられる方もいるかもしれません。そのくらい抽象的な表現が多いですし、メロディーもありません。ですから歌というよりは、動物の吠える声や鳥の声、風の音など、そういった自然の音色みたいなものを、自分の身体で表現します。今まで見てきたオペラの中にはなかった表現だなと思います。台詞(せりふ)はありますが、その言葉もいろいろな解釈ができるようになっています。これらは今までにない表現なのかなとは思いました。

インタビューに応える「ローエングリン」主演の橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa
インタビューに応える「ローエングリン」主演の橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa

ワーグナーの名作オペラとは何が違うのか?

——「ローエングリン」といえばワーグナーの名作オペラを思い浮かべる方が多いと思います。今回演じるにあたってワーグナーのオペラはご覧になりましたか?

橋本 まだ見ていませんが、その基になった原作(白鳥の騎士伝説ほか)などを読み、そこからラフォルグの詩集からの流れは一応踏襲してはいます。でもこれから本稽古に入る上で、見ようと思っています。シャリーノさんの作品の中でも、やっぱり基になったラフォルグ以前の話はものすごく重要です。そこは自分が演じる上で大事な根幹になっているなと思っています。

ヒロインのエルザは狂気を帯びた悲劇の女性

——「ローエングリン」のヒロイン、エルザを演じるわけです。この役柄についてのお考えを聞かせてください。

橋本 難しいですね。端的に言ってしまえば、このエルザという人は狂気を帯びた女性で、すごく悲劇的な人間だと思います。ただ大前提として自分の中でエルザがこういう人間だというふうに限定したくありません。それはエルザが本当に女性なのかどうかも分からないし、エルザがエルザなのかすら分からない。ローエングリンはいったい誰なのかとか、そういった解釈が自分の中で限定的になり過ぎないようにしたいし、いろいろな可能性を全て包容した存在になれるといいなと思っています。

——今回のエルザの結末は悲劇となるのでしょうか?

橋本 希望でもあるし、悲劇でもあるというのが多分一番正解だとは思います。エルザにとってこれ以上生き続けることや、今の状態が続くことは苦しみしかないのだろうなというところもあって、そこから解放されるっていう意味では希望でもあるけれど、そこにしか希望がないっていうことは結局、悲劇なのかもしれません。

歌のないオペラ、でも声は重要

——オペラといってもオーケストラとともに歌ったりはしないということですが、その一方で声そのものはとても重要とのことで、早い段階からボイストレーニングに励んでいるとお聞きしました。

橋本 発声練習はしてはいますが、今回、最後に童歌(わらべうた)のような歌が本当に少しだけ出てきますが、歌い上げるっていうのではなくて、ささやくような、つぶやくような、でもメロディーはある、といったニュアンスのものです。まだ稽古はしていませんが、理想の声みたいなものはお伝えいただきました。

——声そのものの役割が重要なのですね?

橋本 声の役割というか、ほとんど声が全てと言ってもいいほどの作品だと思います。シャリーノさんは、この作品に臨む上で声と身体を宇宙だと捉える必要があるとおっしゃっていて、私もまさしくそうだなと感じています。ただ、自分の身体から出ている声で何かを演じているとか、そういった事象だけではなくて、そこから何かの空間が生まれなければいけないし、何かを拡張させなきゃいけない。何かの気配で、劇場の空間を埋めなきゃいけないし、そういった意味で、自分の身体よりもものすごく大きな身体というか力というか、自分をどれだけ拡張できるかみたいなことに今、チャレンジしている気がします。指揮者の杉山洋一さんがおっしゃっていたのは、即興的に見えるかもしれないけれど、タイミングなども全て決められているっていうことで、やっていることはわりと現実的ですが、表出しているものはそうではない。何か違う時空のように感じてもらわなきゃいけないし、超次元的な表現をしなくてはいけないと考えています。

超次元的な表現に挑む橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa
超次元的な表現に挑む橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa

——楽譜台本には音程やリズムが書かれていないそうですね。

橋本 音程はなくはないのですが、音符の位置によって、ここは多分高いのだろうなとか、ここは低いといったザックリとした指示みたいなのはあって、そこは忠実にやろうとしています。オーケストラと一緒にタイミングを合わせるところはリズムというか、指揮に合わせてやります。ほとんど自分のリズムでやるパートとかも結構あったりして、そういったところは、もう自分の間というか、自分の時間の流れを作り出すかとか、自分で作り上げていかなきゃいけないので、難しいですけれど、いつものお芝居をしている感覚に近いのかな、というふうには思いますね。

——指揮の杉山洋一さんからはどのような指示がありましたか?

橋本 杉山さんは〝器楽とか音楽がエルザの器官だと思ってください〟とおっしゃっています。つまりエルザと楽器じゃなくて、その楽器の奏でる音がエルザの何かしらの音であるし、エルザが聴いている音であり、エルザが感じている音であり、エルザから出ている音でもある。そういう繋がり、関係性であってほしいということです。それで台詞を覚えるみたいに楽譜を暗譜する段階でも、音楽に教えてもらうこと、それは音を聴いて、ここでこういう音を出すのだとか、こういう声になるのだということが今、徐々に分かりつつあります。杉山さんはこの作品の全体像をものすごく繊細に掌握しているので、要所で大事なヒントをくださいます。ローエングリンの声もエルザの声も動物の声も全部一つの身体から出るので流れによって全く意味合いが異なってくるなど、杉山さんからヒントをいただいて、そうしたことがどんどん見えてきている段階なので、すごく面白いです。

特別な作品で異次元の体験をしていただきたい

——エルザを含め、実際に演じるのは橋本さんひとりのモノ・オペラですね。

橋本 一人芝居と打ち出されることもありますが、何となくその言葉は私にはしっくりきていません。お芝居なのでしょうが、いつものお芝居とは全く違うからです。普通のお芝居とも違うし、一人というのもやっぱり違う気がしていて、一人なのですが、杉山さんがいるし、オーケストラもいる。私はみんなといる気持ちですし、多分、この感覚は本番まで変わらないと思います。みんなで作り上げている感覚が今すごく強いので、そういったところで(一人という)恐怖心を感じたことは特にないですね。

——最後に公演にかける意気込みとファンへのメッセージをお願いします。

橋本 自分が頑張っているから見てほしいという個人的な気持ちと、こういった作品自体が珍しい上に、元々ラジオドラマだったこともあって、こんなに大きなホールで演奏されることが想定されておらず、大きなホールで観られるっていうことも、本当に稀有な体験になるのではないかとも思います。また、朗々と歌い上げるオペラとは対極にあるような、すごく尖った作品です。何か狂気に満ちたような、それでいて別次元の違う時空にいるようなそういう体験になるのではないかな、と私は思っています。分かりやすい物語が展開するわけではありませんが、分からないからこそ惹かれるし、考えるし、分からないけれどすごいものを見たね、という風に感じてほしいなと思っています。頭で追いつかないけれど、身体には何かが伝わって届いているっていうような、そういった感覚を一人でも多くの人に体験していただきたいですね。

——ありがとうございました。本番を楽しみにしています。

異色のオペラ、サルヴァトーレ・シャリーノの「ローエングリン」では動きも重要な意味を持つと語った橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa
異色のオペラ、サルヴァトーレ・シャリーノの「ローエングリン」では動きも重要な意味を持つと語った橋本愛 写真提供=神奈川県民ホール、(c)Toru Hiraiwa

橋本 愛

(はしもと あい)

1996 年1⽉12⽇⽣まれ 熊本県出⾝
2010 年「Give and Go」で映画初出演初主演。同年映画「告⽩」に出演し注⽬を浴びる。 2013 年に映画「桐島、部活やめるってよ」などで数々の映画賞を受賞。 同年NHK連続テレビ⼩説「あまちゃん」に出演。 その後、NHK⼤河ドラマ「⻄郷どん」(2018)、「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019)と2 年連続⼤河ドラマ出演を果たし、2021年度「⻘天を衝け」では⼤河ドラマ初のヒロイン役を務める。 近年の主な出演作は、「家庭教師のトラコ」(2022/NTV)、Netflixシリーズ「舞妓さんちのまかないさん」(2023)、「アナウンサーたちの戦争」「デフ・ヴォイス 法廷の⼿話通訳⼠」 (2023/NHK)、映画「熱のあとに」「ハピネス」(2024)など。 また、歌⼿としての活動も⾏なっていることに加えて、 独⾃の感性を⽣かしファッション、写真、コラムなどの連載を持ち幅広く活躍中。

公演データ

神奈川県⺠ホール開館50周年記念オペラシリーズvol.2
サルヴァトーレ・シャリーノ: 「ローエングリン」

10月5日(土)17:00、6日(日)14:00 神奈川県民ホール

サトルヴァトーレ・シャリーノ:「⽡礫(がれき)のある⾵景」(2022年)[⽇本初演]
サトルヴァトーレ・シャリーノ:「ローエングリン」(1982-84年)[⽇本初演]
原作:ジュール・ラフォルグ
⾳楽・台本:サルヴァトーレ・シャリーノ
指揮:杉山 洋一
修辞:⼤崎 清夏
演出・美術:吉開 菜央・⼭崎 阿弥
出演:橋本 愛
演奏:成⽥ 達輝(ヴァイオリン/コンサートマスター)、百留 敬雄(ヴァイオリン) 東条 慧(ヴィオラ)、笹沼 樹 (チェロ)、加藤 雄太(コントラバス) 齋藤 志野 (フルート)、⼭本 英 (フルート)、鷹栖 美恵⼦(オーボエ) ⽥中 ⾹織 (クラリネット)、マルコス・ペレス・ミランダ(クラリネット) 鈴⽊ ⼀成 (ファゴット)、岡野 公孝 (ファゴット)、福川 伸陽 (ホルン) 守岡 未央 (トランペット)、古賀 光 (トロンボーン)、新野 将之 (打楽器) ⾦沢 ⻘児 (テノール)、松平 敬(バリトン)、新⾒ 準平(バス) ⼭⽥ 剛史 (ピアノ)、藤元 ⾼輝 (ギター)

【 公式HP 】https://www.kanagawa-kenminhall.com/lohengrin/
【 主 催 】神奈川県⺠ホール(指定管理者:公益財団法⼈神奈川芸術⽂化財団)
【 助 成 】⽂化庁⽂化芸術振興費補助⾦(劇場・⾳楽堂等機能強化推進事業)/独⽴⾏政法⼈⽇本芸術⽂化振興会

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