果たして一体何が現実で、何が幻影なのだろうか。

神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.2

サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』

サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』

~ 月夜と瓦礫 ~

この世の中には二種類のものがある。ひとつは確固とした輪郭と重みを持ち、硬い殻に覆われたもの。もうひとつは、おぼろげな輪郭のなかで常にかたちを変えてゆく、壊れやすくも儚いもの。

イタリアの作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノが扱うのは、常に後者である。そこではあらゆることが曖昧なまま推移し、夢と現実のあいだをふわりと浮遊する。そのもっとも顕著な例がオペラ「ローエングリン」だろう。

決して名を問うてはいけない白鳥の騎士の伝説。どこか日本の「鶴の恩返し」にも似た話だが、この物語をロマンティックなオペラとして提出したワーグナーに対して、劇作家ラフォルグは徹底的にそれを茶化した短編を書いた。シャリーノがオペラのテキストの土台に据えているのは、この短編である。しかも、なんと彼は登場人物をヒロインのエルザひとりにしてしまった。

伝説→ワーグナーのオペラ→ラフォルグの短編、という連鎖が、ただエルザというひとりのなかに封じ込められているわけで、当然の成り行きとして、物語はバラバラに解体されている。ただ「さびしい」「おかしい」「くるしい」「いとしい」「くやしい」といった小さな感情の断片が、声にならない声として、途切れ途切れに響くのみ。普通の人から見たら、これは狂気にしか感じられないだろう。

しかし、月夜のなかでさまようエルザは必死なのだ。彼女は、この世界のなかで壊れやすい何かをつかもうとしながら、失敗し続ける。その過程を描くことがオペラの目的だと言ってよい。

オペラの前に演奏されるシャリーノの近作「瓦礫のある風景」も、基本的にはよく似た構造を持っている。ショパンをはじめとする音楽史のさまざまな断片――すなわち瓦礫――が散乱するなかで、まるで自然の音のような、あるいは雑音のような響きが鳴りつづける。しかし注意して耳を傾けるならば、そのなかに一筋の叙情が流れていることが感得されよう。

2024年10月、横浜。月夜のなかに瓦礫がうっすらと輝く風景を、ぜひ観にきてほしい。

沼野雄司(神奈川県民ホール・音楽堂 芸術参与)

公演概要

◆『瓦礫のある風景』(2022年)[日本初演]<約20分>
Salvatore Sciarrino:Paesaggi con macerie(2022)per ensemble

1.Vento e polvere  2.Frantumi  3.Cancellazione
初演:2022年11月3日 ヴィリニュス(リトアニア)
作曲:サルヴァトーレ・シャリーノ
指揮:杉山 洋一

―休憩―

●『ローエングリン』(1982-84年)[日本初演/日本語訳上演 *一部原語上演]<約45分>
Salvatore Sciarrino:Lohengrin(1982-84)Azione invisibile per solista, strumenti e voci

原作:ジュール・ラフォルグ
音楽・台本:サルヴァトーレ・シャリーノ、修辞:大崎 清夏、演出・美術:吉開 菜央・山崎 阿弥
初演:1984年9月15日 カタンツァーロ(イタリア)(初版初演:ミラノ1983年1月15日)
作品構成:プロローグ、第1~4場、エピローグ

指揮:杉山 洋一
出演 エルザ役:橋本 愛

演奏

●『ローエングリン』 ◆『瓦礫のある風景』

成田 達輝 ●◆(ヴァイオリン/コンサートマスター)、百留 敬雄 ●(ヴァイオリン)、東条 慧 ●(ヴィオラ)、笹沼 樹 ●◆(チェロ)、加藤 雄太 ●◆(コントラバス)、齋藤 志野 ●◆(フルート)、山本 英 ●(フルート)、鷹栖 美恵子 ●◆(オーボエ)、田中 香織 ●◆(クラリネット)、マルコス・ペレス・ミランダ ●(クラリネット)、鈴木 一成 ●(ファゴット)、岡野 公孝 ●(ファゴット)、福川 伸陽 ●(ホルン)、守岡 未央 ●(トランペット)、古賀 光 ●(トロンボーン)、新野 将之 ●◆(打楽器)、金沢 青児 ●(テノール)、松平 敬 ●(バリトン)、新見 準平 ●(バス)、山田 剛史 ◆(ピアノ)、藤元 高輝 ◆(ギター)

日時

2024年10月5日(土) 17:00開演(16:30開場)
2024年10月6日(日) 14:00開演(13:30開場)

会場

神奈川県民ホール 大ホール (横浜市中区山下町3-1)

料金

全席指定(税込)
開館50周年記念割引チケット:5,000円【完売】
SS席:10,000円、S席:8,000円、A席:6,500円
3階席:4,500円(一部舞台装置が見えづらい可能性がございます。あらかじめご了承くださいませ。/お取り扱いはチケットかながわのみ。)
学生席:4,000円(24歳以下/お取り扱いはチケットかながわのみ。

お取扱い

チケットかながわ TEL.0570-015-415(10時~18時)
https://www.kanagawa-kenminhall.com/d/Lohengrin
[窓口]
神奈川県民ホール(10時~18時)  KAAT神奈川芸術劇場(10時~18時)
神奈川県立音楽堂(13時~17時 / 月曜休)
●神奈川芸術協会 https://kanagawa-geikyo.com/
045-453-5080 (平日10時~18時、土曜10~15時 / 日曜・祝日休)
●チケットぴあ https://t.pia.jp/ [Pコード:271-340]
●イープラス https:// eplus.jp/
●ローソンチケット https://l-tike.com/ [Lコード:31456]
●CNプレイガイド https://www.cnplayguide.com/
●カンフェティ https://www.confetti-web.com/

[注意事項]
※やむを得ない事情により演奏曲、出演者等が変更になる場合があります。
※就学前のお子様はご入場いただけません。
※車イス・補助犬をお連れでご来場の方は、事前にチケットかながわまでお問合せ・ご予約ください。
※演奏中はご入場いただけません。開演時間に遅れた場合は、案内係の指示に従ってください。

主催

神奈川県民ホール(指定管理者:公益財団法人神奈川芸術文化財団)

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