世界へ羽ばたいた日本人ソリストの意欲的な新譜リリースが続く。いずれも評判にたがわぬ仕上がりで、ますます今後が楽しみになる。
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ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全集
佐藤俊介(ヴァイオリン)/スーアン・チャイ(フォルテピアノ)
<BEST2>
ショーソン:コンセール、ヴィエルヌ:ピアノ五重奏曲
樫本大進(ヴァイオリン)/エリック・ル・サージュ(ピアノ)/シューマン四重奏団
ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲(コンセール)ニ長調Op.21/ヴィエルヌ:ピアノ五重奏曲Op.42
<BEST3>
72 Preludes
藤田真央(ピアノ)
ショパン、スクリャービン、矢代秋雄:各24の前奏曲
オランダに拠点を置くヴァイオリンの佐藤俊介は、古楽とモダン両方の様式に通じた〝二刀流〟で指揮活動も目立つ。このベートーヴェンのソナタ全集は、夫妻で練り上げた実に刺激的なセットになった。ガット弦を張ったヴァイオリンとフォルテピアノ(1800、20年製)の繊細な音色や反応が早い表現力を、最大限に活かしている。
解説書のインタビューで意図が明確にわかる。「曲の構造の枠内で即興的な感覚を見出そうと努めた」「どこまで行くと度を超すのか探りながら、実験的な精神で奏でることを目ざした」。楽聖自身が大胆な表現を好んだという故事から、思い切った解釈へ踏み込んだわけだ。激しく伸び縮みするテンポやフレージング、頻出するポルタメントや自由な装飾など、夫妻の融通無碍(ゆうずうむげ)な呼吸から、作品がかつてない生命力を帯び、目から鱗が落ちるような場面が続出する。10月に浜離宮朝日ホールで披露したブラームスのソナタ全集も同工だった。まるで19世紀の名手が現代に姿を現したような衝撃だ。
ベルリン・フィルの第1コンサートマスターと同時にソロ活動にも注力する樫本大進は、一段と芸域を広げている。久々のソニーへの録音は、フランスの室内楽を集めたアルバムとなった。コンビを組むフランス人ピアニストのル・サージュは室内楽の達人でもある。こってりした濃厚な音色は樫本の身上で、ピアノと触発しあって洗練された和声や叙情的な陰影を、大きな構えで引き出していく。
すっかり人気者になった藤田真央が、3人の作曲家による「24の前奏曲」を並べた好企画に挑んだ。ショパンから発した脈動が、スクリャービンを通じて20世紀日本の矢代秋雄まで流れ込んでいるのがよくわかる。藤田の解釈も、前作のモーツァルトでの作為的な表情が薄れ、はるかに率直で伸びやかな奏風を発揮している。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。