ヴェルディの「仮面舞踏会」を題材にした東京・春・音楽祭の中心企画のひとつである「リッカルド・ムーティ イタリア・オペラ・アカデミー」の締めくくりとなる「若い音楽家による仮面舞踏会」の公演(4月1日)を振り返る。アカデミーでムーティの指導を受けた4人の若手が指揮を分担して「仮面舞踏会」全曲を演奏会形式で上演した。(宮嶋 極)
4人は登場順に澤村杏太朗(日本、第1幕への前奏曲~第1幕第2場〝道をあけろ〟)、アンドレアス・オッテンザマー(オーストリア、第1幕第2場〝何を怯えている〟~第2幕〝恐ろしい野原に着いた〟)、レナート・ウィス(オーストラリア、第2幕〝私が付いている〟~第3幕第1場〝立ちなさい!〟)、マグダレーナ・クライン(ドイツ、第3幕第1場〝ここにいるのはわれらだけ〟~終幕)。なお、この日の歌手は石井基幾(リッカルド)、吉田珠代(アメーリア)ら主役級が日本のプロ歌手に交代。合唱は東京オペラシンガーズ。
担当する部分は異なってはいてもひとつのオペラを4人が振り分けると、同じ東京春祭オケながら予想以上に違いが浮き彫りとなり、聴いて(見ていて)も興味深かった。
筆者が最も感心したのはオッテンザマーである。ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者として活躍中の彼は、キリル・ペトレンコやサイモン・ラトルをはじめとする当代超一流の指揮者たちと数多くの共演経験があることから指揮者に求められる要素をよく理解していることがその指揮姿からも伝わってきた。さらに出身地のウィーンでは学生時代からウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーン・フィルの母体)にエキストラ出演する機会も多かったようで、歌手の呼吸やタイミングの読み方も巧みであった。担当したのが華やかな合唱を伴う第1幕の終わりから第2幕冒頭の占い師ウルリカの登場シーンというドラマティックな要素が強い箇所ということも手伝って、聴く者の心を躍らせるような生き生きとした音楽を作り上げた。
ムーティの音楽作りを最も忠実に踏襲していたように映ったのは日本の澤村である。東京芸大を首席で卒業し新国立劇場で副指揮者を務めた後、ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で指揮を専攻し、第9回ルイジ・マンチネッリ国際オペラ指揮者コンクールで1位に輝くなど日本オペラ界の期待の星でもある。最初こそ緊張からか少し硬さがみられたが、次第に肩の力が抜けて、ムーティの教えに少しでも近づこうとの意思が伝わってくる情熱にあふれた指揮ぶりであった。
オーストラリアのウィスも澤村と同じく誠実にムーティの指し示す方向を目指そうとの姿勢が感じられ、丁寧に歌に寄り添っていた。締めくくりに登場したドイツのクラインはきびきびとした指揮姿でオケを小気味よくコントロールしていく。師であるパーヴォ・ヤルヴィの姿と少しだけ重なって見えた。
いずれもムーティが選んだ才能だけにアカデミーでの教えを自分なりに消化した上で、それを柔軟に発展させて個性をアピールしていた点に彼らの将来の可能性を感じ取ることができた。
終演後、4人のアカデミー生にムーティと音楽祭の鈴木幸一実行委員長から修了証が授与された。ムーティは澤村に証書を渡す際、ほおをビンタするような仕草を見せた。これは恐らく「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の第3幕でハンス・ザックスが弟子のダフィトに対して徒弟卒業の印としてほおを打つシーンを真似(まね)たものであろう。ムーティは最後に「La accademia è finita!(アカデミーはこれで終わり)」と高らかに宣言して2週間余にわたった今年のアカデミーは閉幕した。
公演データ
4月1日(土)19:00 東京文化会館大ホール
ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」(全3幕演奏会形式上演、日本語字幕付き)
指揮:澤村杏太朗、アンドレアス・オッテンザマー、レナート・ウィス、マグダレーナ・クライン(登場順)
リッカルド:石井 基幾
アメーリア:吉田 珠代
レナート:青山 貴
ウルリカ:中島 郁子
オスカル:中畑 有美子
サムエル:山下 浩司
トム::畠山 茂
シルヴァーノ:大西 宇宙
判事:志田 雄二
アメーリアの召使い:塚田 堂琉
管弦楽:東京春祭オーケストラ(コンサートマスター:長原 幸太)
合唱:東京オペラシンガーズ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。