オーストリア出身のマンフレート・ホーネックは、ウィーン国立歌劇場のヴィオラ奏者から指揮者に転身した実力派。弟のライナー・ホーネックはウィーン・フィルのコンサートマスターで、有力な音楽ファミリーを成している。近年はザルツブルク音楽祭と深く関わり、さまざまなプロジェクトに参加してきた。
米国では2008年にピッツバーグ響音楽監督に就いて以来、着々と存在感を高めた。いわゆるビッグ5の名門オーケストラには継続的に客演し、この1月末から2月始めにかけてはニューヨーク・フィルの定期に4日連続で登場した。その初日(1月29日)を本拠地・リンカーンセンターのデヴィッド・ゲフィン・ホールで聴いた(深瀬 満)。
プログラムはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲に、R・シュトラウスの楽劇「エレクトラ」組曲という、伝統的なドイツ・オーストリア系の組み合わせ。独シュトゥットガルト州立歌劇場の音楽総監督を務めるなど、ヨーロッパのオペラハウスでも経験を積んだ出自を誇るかのような大型プロだ。
ベートーヴェンの独奏は日本でも急速に人気を高めるスペインの新鋭、マリア・ドゥエニャス。ニューヨーク・フィルとは初共演になる。昨秋の来日では、この作品をファビオ・ルイージ指揮のNHK交響楽団と披露した。ホーネックとはドイツ・グラモフォンにウィーン響と録音しており、すでに息の合ったコンビと言っていい。
ホーネックの音楽作りで特徴的なのは、曲のディテールを丁寧に掘り起こして、新鮮な驚きをもたらす点。かつて彼にインタビューした際に聞いてみると、「僕はディテール・フリークなんだ」と言って、ご満悦だった。
基本的な性格は幾星霜(いくせいそう)を経た現在でも変わらない。ベートーヴェンの協奏曲でも冒頭からダイナミクスの変化やティンパニの扱いを細かく制御するいっぽう、ノン・ヴィブラートは強要せず、自然な流れを作り出す。12型に刈り込んだ編成ながらトゥッティの押し出しは十分で、内声部の手厚い柔軟な響きから古典的格調が浮かぶ。このあたり、ウィーンがベースにある彼の円熟を示している。ソロが入るとオーケストラを思いきり抑え、独奏者を引きたてた。テンポは遅く、第1楽章だけで30分近く要した。
ドゥエニャスは芯の強い美音を繰り出して、のびのび歌い、こってりした色艶を帯びた音色が濃厚な情緒を醸す。重音を多用した自作のカデンツァは、ロマンティックな感触を強めた。第1楽章の終わりから第2楽章にかけては、ホーネックのおはこと呼応した超絶的なピアニッシモを駆使。ビロードのようなテクスチュアを献じるバックを従え、プリマドンナのごとく妖艶に振る舞った。そうなると終楽章ロンドの弾みよい愉悦感が一段と際立つ。低弦の支えが厚いオーケストラに乗って、躍動的なフィナーレを演出した。
後半はR・シュトラウスの楽劇「エレクトラ」から、オーケストラが活躍する名場面を抜粋した組曲版。ホーネックの着想に従ってチェコの作曲家、トマーシュ・イレが編曲を担当。100分ほどの全曲から約3分の1を抜き出し、約35分の管弦楽作品にまとめた。2014年にピッツバーグ響がホーネックの指揮で初演した。
フル編成のパワーがさく裂し、アガメムノンの威圧的なライトモティーフなど金管が咆哮する展開は、まさにニューヨーク・フィルに打ってつけ。R・シュトラウス特有の灼熱した陶酔感を、カロリーの高い音響で満喫させた。しかもホーネック持ち前のバランス感覚が発揮され、明快な見通しや流れの良いテンポを確保。オペラティックな感興を踏まえた盛り上がりを現出させた。
ニューヨーク・フィルの底力は圧倒的で、クライマックスでも余裕たっぷり。そのまま幕切れの熱狂に突き進んだ。終演後の客席は興奮の渦と化した。アメリカ人は「スター・ウォーズ」のようにヒロイックな音楽が本当に好みなのだなと、改めて感じ入った。
公演データ
1月29日(木)デヴィッド・ゲフィン・ホール(ニューヨーク)
指揮:マンフレート・ホーネック
ヴァイオリン:マリア・ドゥエニャス
管弦楽:ニューヨーク・フィルハーモニック
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
R・シュトラウス(ホーネック&トマーシュ・イレ編):「エレクトラ」組曲
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










