在京オーケストラによる年末第9公演(ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125〝合唱付き〟)の聴き比べリポート、第2回は東京フィルハーモニー交響楽団と読売日本交響楽団について報告します。例年同様、オーケストラの編成や演奏時間などの公演・演奏データも付記しています。
(宮嶋 極)
*リポート(上)日本フィルハーモニー交響楽団とNHK交響楽団はこちら
プログラム
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」
【東京フィルハーモニー交響楽団】
東京フィルの指揮台に立った角田鋼亮がこの日の終演後、SNSに「東京フィルの皆さんと演奏していると特別な〝ゾーン〟に入るような感覚があります。幸せな体験をさせていただきました」と投稿していたが、筆者もこの言葉通りの演奏であったように感じた。
ピリオドの要素を取り入れたスタイルで弦楽器の数を絞り、ベーレンライター版を採用。第1楽章こそ新しいスタイルを適度に取り込んだ優等生的演奏との印象が強かったが、曲が進むにつれて演奏は次第に熱を帯び聴衆の心に響いていった。
第2楽章186小節目からのくだりでティンパニによるオクターブのF(ファ)のソロが繰り返される箇所、1セット目は譜面に記載の通りすべてフォルテで演奏。トリオを経ての2セット目ではピアノから始まり次第にクレッシェンドし最後はフォルティシモで演奏させていたのは面白かった。
〝ゾーン〟に入り始めたのは第3楽章から。ホルンのソロを経て8分の12拍子となる99小節目からテンポを上げて瑞々(みずみず)しい生命感にあふれた音楽作りが行われ、思わず引き込まれていく。121小節目アウフタクトからのファンファーレ風の音型はブラスを輝かしく響かせ大きな盛り上がりを築いた。ちなみにこの日もホルンによるスケールのソロは3番奏者(西川優弥)が吹き、見事にキメた。Bravo!
第4楽章の冒頭のトランペットはベーレンライター版の譜面通りにベートーヴェン在世当時の楽器では出せなかった音を省いて演奏。歓喜の主題が次第に厚みを増してくると角田は内声部にも気を配り、堅固なハーモニーを構築し、トゥッティになるとブラスを強めに吹かせて力強く〝歓喜〟を表現した。スリムながらもアグレッシブなアンサンブルが強い推進力をもって進められコーダに向かってボルテージは上昇し続け、フィナーレで頂点に達した。歌手陣も粒が揃っており、新国立劇場合唱団も機敏で芯のあるハーモニーを響かせた。全体としては演奏者が一体となって〝ゾーン〟に入った熱演であった。
☆公演・演奏データ
指揮:角田 鋼亮
使用譜面:ベーンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)12・10・8・8・6
管楽器:ホルンにアシスタント1、他パートは譜面の指定通り
演奏時間:約63分(第2楽章388小節目からの繰り返しなし)
ソプラノ:迫田 美帆
アルト:中島 郁子
テノール:渡辺 康
バリトン:上江 隼人
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:水戸 博之
コンサートマスター:三浦 章宏
※他の演目 ヨハン・ シュトラウスⅡ世:ワルツ「もろびと手をとり」
取材日:12月21日(日)オーチャードホール
【読売日本交響楽団】
今月行われた東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ、ベルリオーズ「ファウストの劫罰」で読売日本交響楽団から色彩豊かなサウンドを引き出し、好評を博したフランス出身のマキシム・パスカルがそのまま同響第9公演の指揮台に立った。(東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」 | CLASSICNAVI)「ファウストの劫罰」での好調の勢いに乗って、第9公演にも臨んだような前向きな推進力を感じさせる演奏であった。
弦楽器の編成は14型ながら必要以上に重々しくならないところがパスカルの個性であろう。第1楽章第2主題、フルートの音程を上げることはなかったが、ベーレンライター版による演奏。テンポはやや速めで、長い音符をテヌート気味に弾かせ、しなやかに音楽が進んでいく。この日のコンマスは名手、日下紗矢子(同響特別客演コンマス)で彼女の俊敏なボウイングにリードされ弦楽器セクション全体のアンサンブルは活発化し、パスカルの目指す音楽に推進力をもたらしていた。
第2楽章も速めのテンポだが激することなく流麗かつ軽快なスケルツォの趣き。A→B→Aの最初のAの388小節からを繰り返し、トリオ(B)では管楽器各パート・トップの上手さが際立って聴こえた。
第3楽章はフランス出身の指揮者らしくハーモニーの美しさに重点をおいた音作りで、パスカルは長い手を活発に振って各パートのバランス調整に注力していた。読響も精緻(せいち)な合奏で応え、繊細で美しいハーモニーを響かせた。ホルンのソロは首席奏者(日橋辰朗)が吹き、安定したスケールを披露した。
パスカルは楽章間とはいえ、曲中で拍手されることを嫌ったのか、第4楽章が始まっても独唱者だけではなく、合唱もステージに登場していなかった。独唱者はともかく合唱は間に合うのかと少しドキドキしながら見ていたが、歓喜のテーマを全オーケストラによって演奏するところで、独唱者とともにコーラスが下手(しもて)・上手(かみて)の双方から足音を立てることなく静々と、そしてパスカルの解釈に歩調を合わせるがごとく流れるように入場して整列。さすがオペラ劇場のコーラスだけあって舞台上の動きはお手のもので、何の揺らぎもなくすぐに歌い始めたのには少々驚いた。歌手陣では南アフリカ出身のテノール、シヤボンガ・マクンゴの分厚い胸板の内部を響かせたような明るく伸びのある声が印象に残った。合唱も60人(女声32人、男声28人)のわりには声量は豊かで、指揮者の意図に沿って強調すべき言葉を聴衆にしっかりと届くように歌っていたのも新国コーラスのレベルの高さを示すものであった。
終楽章後半も前へ進んでいくエネルギーは変わることなくコーダまでひと時たりとも弛緩することなく勢いをもってクライマックスに突入。金管・打楽器がかなりの強音で鳴っていても弦楽器が力強く全体をけん引していくさまは現在の読響の底力を垣間見る思いがした。
☆公演・演奏データ
指揮:マキシム・パスカル
使用譜面:ベーンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)14・12・10・8・6
管楽器:譜面の指定通り
演奏時間:約64分(第2楽章388小節目からの繰り返しあり)
ソプラノ:熊木 夕茉
メゾ・ソプラノ:池田 香織
テノール:シヤボンガ・マクンゴ
バス・バリトン:アントワン・ヘレラ=ロペス・ケッセル
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:平野 桂子
コンサートマスター:日下 紗矢子
取材日:12月23日(火)サントリーホール
公演データ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










