毎日クラシックナビの恒例企画、在京オーケストラによる年末第9公演(ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125〝合唱付き〟)の聴き比べリポートを今年もお届けします。25年12月に開催された公演から7つのコンサートをピックアップし3回に分けて報告します。初回は(取材順に)日本フィルハーモニー交響楽団、NHK交響楽団です。例年同様、オーケストラの編成や演奏時間などの公演・演奏データも付記しています。
(宮嶋 極)
プログラム
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」
【日本フィルハーモニー交響楽団】
日本フィルの第9は桂冠名誉指揮者、小林研一郎と国内外で活動の幅を広げつつある若手の出口大地の2人の指揮者で主催公演だけでも8回の公演が予定されている。コバケンについては大みそかに別のオケとの公演を取材予定のため出口の公演を選んで聴いた。
下記データの通りベーレンライター版を採用し弦楽器のヴィブラートは少なめでピリオド(時代)演奏のスタイルも適度に取り入れた新旧折衷型。第1楽章は速めのテンポでスタートしたが、第2楽章の中間部や第3楽章、第4楽章の前半などではテンポを落として旋律をタップリ歌わせた結果、全曲の所要時間は65分強と標準的なテンポ運びとなっていた。弦楽器の刻みや内声部の旋律にも常に神経を配る指揮ぶりでベートーヴェンらしい立体的なアンサンブルが紡ぎ出され、全体的にピリオドの要素と伝統的なスタイルの美点を融合したようなバランスの取れた音楽作りであった。それでも第4楽章のコーダでは怒涛(どとう)のような推進力でエンディングまで駆け抜けたのは若手らしいエネルギーの発露であった。また、オーボエの杉原由希子首席をはじめる木管陣のソロイスティックな演奏も演奏全体の水準を引き上げるのに奏功していた。
歌手で印象に残ったのはソプラノの砂田愛梨で、オケや合唱が全開になっても伸びのある声が会場に響いた。一点、惜しむらくは合唱(日本フィルハーモニー協会合唱団)の男声・女声の割合がアンバランスだったことである。よくトレーニングしたことを窺わせる歌唱であったが、見た目では女声が男声の2.5倍くらいの人数がいた感じで、低音域にもう少し厚みがあればさらによい響きになったように思えた。
☆公演・演奏データ
指揮:出口 大地
使用譜面:ベーンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)14・12・10・8・7
管楽器:ホルンにアシスタント1、他パートは譜面の指定通り
演奏時間:約65分(第2楽章388小節目からの繰り返しなし)
ソプラノ:砂田 愛梨
メゾ・ソプラノ:山下 裕賀
テノール:石井 基幾
バリトン:高橋 宏典
合唱指揮:浅井 隆仁
合唱:日本フィルハーモニー協会合唱団
コンサートマスター:田野倉 雅秋
※他の演目 ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
取材日:12月14日(日)サントリーホール
【NHK交響楽団】
N響を指揮したのは米国の大ベテラン、レナード・スラトキン。米国、そして英国音楽の権威としての印象が強いマエストロだけにどのような第9を聴かせるのか興味深かった。
使用譜面はブライトコプフ旧版をベースに第2楽章ではスラトキン流のスタイルも見られた。昨今のピリオド・スタイルの逆をいくかのように全曲にわたってレガート気味に主旋律をタップリと歌わせていく。第1楽章は所要時間約16分と少し遅めのテンポ設定。ヴァイオリンがダウンボウになる箇所で曲想によって弓のスピードを変えさせて音色の違いを際立たせていた。第1主題のスタッカート(音を切る)が記された8分音符、16音符をいずれもスラー(音を繋げる)で演奏させていた。これは第2楽章の木管楽器、ホルンでも同様の処理がなされていた。その結果、演奏全体は優しく丸みを帯びた印象となり、スラトキンを個別に取材したことはないが、彼の人柄がそのまま演奏に反映されているようにも感じた。
第2楽章はピリオド・スタイルを取り入れる指揮者のように前半部分の繰り返しを実行した一方で、スケルツォのトリオ(中間部)が終わり、通常は第2楽章のアタマに戻るところが、最初の8小節を飛ばし反復記号のある9小節目から繰り返したのには驚かされた。
第3楽章はピアニッシモを多用しマーラーのような耽美的(たんびてき)でロマンティックなアダージョに仕上げていた。8分の12拍子に移る前のホルンのスケールのソロは3番奏者(庄司雄大)が見事な演奏を披露した。スコアには3または4番が吹くように記されているが日本では首席奏者が演奏することも多い。
第4楽章冒頭のトランペットはワーグナーが補筆したバージョンで、すべての音を演奏したように聴こえた。歓喜の主題が出る前のチェロ・バスのレチタティーヴォもスラーをかけて滑らかに演奏。歓喜のテーマのトゥッティは管楽器の主旋律に重きを置き、弦楽器などのリズムはやや抑え気味でここでも流麗な音楽作りがなされていた。歌手陣では当初発表されていた中村恵理が体調不良のため砂田愛梨に交代。砂田は日本フィルの第9に続いて健闘を見せた。終演後、世界的名歌手であるメゾ・ソプラノの藤村実穂子からお褒めの言葉をもらったのだろうか、砂田が胸に手を当てて、謝意を示す姿も見られた。
演奏全体としては20世紀の巨匠時代のようなアプローチではあるものの、N響の高いポテンシャルをベースに、スラトキンの解釈が美しく実現され、決して平凡ではない豊かなオリジナリティを感じさせる第9であった。
☆公演・演奏データ
指揮:レナード・スラトキン
使用譜面:ブライトコプフ旧版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)16・14・12・10・8
管楽器:譜面の指定通り
演奏時間:約69分(第2楽章前半の繰り返しあり)
ソプラノ:砂田 愛梨
メゾ・ソプラノ:藤村 実穂子
テノール:福井 敬
バリトン:甲斐 栄次郎
合唱指揮:冨平 恭平
合唱:新国立劇場合唱団
コンサートマスター:長原 幸太
取材日:12月20日(土)NHKホール
第9リポート、次回は東京フィルハーモニー交響楽団と読売日本交響楽団です。
公演データ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










