トリフォノフとのシンフォニックを極めたブラームス
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの若手指揮者クラウス・マケラが4月末から5月初めにかけ、シカゴ交響楽団の定期演奏会で2つのプログラムを振った。昨春に2027年からの第11代音楽監督就任が発表されて以来、久々の登場だけに、地元は熱狂的に次期シェフを迎えた。
マケラは同じタイミングでロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者にも就く。1996年生まれの29歳という若さにして、この大躍進。現在もパリ管弦楽団とオスロ・フィルのポストを押さえ、客演先は超豪華だ。なぜ世界中の著名楽団が、こぞって彼に夢中になるのか。そんな好奇心に駆られつつシカゴ響の本拠地、シンフォニー・センターに向かった。(深瀬 満)
1つ目の演目はマーラーの交響曲第3番で、4月24日から3日連続で演奏した。私が聴けたのは2つ目のプログラムで、前半がブラームスのピアノ協奏曲第2番(独奏はアーティスト・イン・レジデンスのダニール・トリフォノフ)、後半がブーレーズの「金管7重奏のためのイニシャル」と、ドヴォルザークの交響曲第7番という構成。シンフォニックなブラームスつながりで、指揮者と楽団のケミカルを測るには格好の題材だ。5月1日から4日まで連続4回開かれたコンサートから、初日に訪れた。
ひそやかに滑り出した協奏曲の冒頭、ピアノもオケもやや慎重だが、主部に入ると次第にテンポを上げ、みるみるうちに両者は白熱して丁々発止の火花を散らし始めた。

マケラは長身痩躯の大きな身ぶりから弾力性に富む脈動を作り、引き締まった響きを志向する。ダイナミクスや弦と管のバランスを丁寧にコントロールし、表情の細部まで手を緩めない。時に音色のエッジを効かせて、若葉が萌えるようにみずみずしい感興を示す。テンポは粘らず、フレッシュな息吹が随所であふれた。決然としたリードで楽員のハートをがっちりつかむ様子がうかがえ、指揮と一体化した反応の良いうねりが押しよせた。言わずと知れた名曲から、こんな新味を引き出せる手腕がマケラ・マジックの一端だろう。

スタインウェイを弾くトリフォノフの鋭敏な叙情性も、マケラの指揮と相性がいい。安定した技巧と洗練されたアーティキュレーションで、作品の魅力を洗い出した。クライマックスでも余裕たっぷりで、純度の高い澄んだ音色を駆使してオケと渡りあう。まさにシンフォニックの極致を行く展開に圧倒された。
適度な流動感をたたえた第2楽章を経て、第3楽章のデリケートな歌心をソノリティ豊かに表出(首席チェロ奏者のジョン・シャープが見事なソロ)。第4楽章の歯切れ良い活気とたたみ込みが、爽快な感触を強めた。上質な幸福感に満ちた共演に、会場は早くもスタンディング・オベーションの嵐と化した。
さっそうとした精密感のドヴォルザーク
後半の開始は、ことし生誕100周年で、シカゴ響とも縁の深かったピエール・ブーレーズに敬意を表して、金管セクションが5分ほどの小品で妙技をデモンストレーションした。

ドヴォルザークの交響曲第7番で、新コンビのまた違った一面が表れた。シカゴ響伝統の引き締まった筋肉質の風合いに、解像度の高いモダンでクールな感覚が加わり、さっそうとした精密感の支配する鮮やかな快演になった。
第1楽章アレグロ・マエストーソから雄渾(ゆうこん)な表情が整然と表れ、この曲特有の凜とした叙情性が引き立つ。第2楽章ポコ・アダージョでは管楽器セクションの冴えた名人芸をピックアップ、第3楽章のスケルツォはリズムが鋭く、コントラストの強いパリッとした仕上げに。フィナーレでは楽団の高い機能性と緻密なテクスチュアが前面に出て、剛毅(ごうき)に締めくくった。結果として、ブラームスに近い性格を改めて認識させた。
マケラのスタイルは、どの楽団でも成功するとは限らないようだが、シカゴ響とは幸先の良い幕開けを予感させる。マケラは今年、パリ管と6月に、ロイヤル・コンセルトヘボウ管とは11月に来日する予定。名門を意のままに操る腕前を、日本でも、とくと体験できるのは嬉しい。

公演データ
クラウス・マケラ指揮 シカゴ交響楽団
5月1日(木)19:30 シカゴ シンフォニー・センター
指揮:クラウス・マケラ
ピアノ:ダニール・トリフォノフ
管弦楽:シカゴ交響楽団
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
ブーレーズ:金管7重奏のためのイニシャル
ドヴォルザーク:交響曲第7番

ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。