2024年在京オケ 第9公演聴き比べリポート(上)

独唱陣、合唱を伴う第9公演は年末の風物詩 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
独唱陣、合唱を伴う第9公演は年末の風物詩 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

毎日クラシックナビの恒例企画、在京オーケストラによる年末第9公演(ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125〝合唱付き〟)の聴き比べリポート。24年12月に開催された公演から6つのコンサートをピックアップし2回に分けて報告します。その初回は(取材順に)NHK交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団です。例年同様、オーケストラの編成や演奏時間などの公演・演奏データも付記しています。各指揮者がこの作品にどのような考えで臨んでいるのかを知る上でヒントにもなるのでご参照ください。(宮嶋 極)

【NHK交響楽団】
N響の指揮台に立ったのはファビオ・ルイージ。彼が首席指揮者に就任してから2年が経過し、N響との信頼関係が深まってきたことを実感させてくれる、充実の演奏であった。

第2楽章の繰り返しをすべて実施(前半のみ)したにもかかわらず所要時間は約62分(歌手の途中入場の時間は除く)と全曲にわたってかなりのハイ・テンポであったが、速すぎると感じる箇所はなかった。例えていうならば、時速300キロを出すことができる高級車で日本の高速道路を100キロで走っているような余裕と安定感に満ちた演奏であった。

弦楽器は16型のフル編成だったが、重すぎることなく俊敏かつ柔軟に音楽が進んでいく。第1楽章、第2楽章は激しさよりも内に秘めた情熱を感じさせる雰囲気で、各旋律を明快に表出させていた。同じフレーズや音型が繰り返し登場するが、2回目以降は強弱を含め微妙にニュアンスを変化させていた。第3楽章も耽美(たんび)的になり過ぎずに清涼感のある響きを醸成。N響の木管セクションの上手さが光る。第4楽章は有名な〝歓喜の歌〟の旋律をチェロ・バスからヴァイオリンへと受け渡されトゥッティ(全奏)となる直前までクレッシェンド(次第に音量を上げること)を抑えてエネルギーを溜めるようにしていたのが印象的。ソリスト4人は世界の名門歌劇場で活躍する手練れが揃っただけに各歌手の表現も多彩。オペラの経験が豊富なルイージだけに声楽が出てからの音量バランスや呼吸感の調整が巧みで、美しいハーモニーを構築。コーダはルイージの気迫を受け止めたN響メンバーが熱演を繰り広げ、壮麗なフィナーレを築き上げた。

N響の第9公演を率いた首席指揮者のファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団
N響の第9公演を率いた首席指揮者のファビオ・ルイージ 写真提供:NHK交響楽団

☆公演・演奏データ

指揮:ファビオ・ルイージ
使用譜面:ベーレンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)16・14・12・10・8
管楽器:木管に一部アシスタント1
演奏時間:約62分(第2楽章388小節目からの繰り返しあり)
ソプラノ:ヘンリエッテ・ボンデ・ハンセン
アルト:藤村 実穂子
テノール:ステュアート・スケルトン
バス・バリトン:トマス・トマソン
合唱指揮:冨平 恭平
合唱:新国立劇場合唱団
コンサートマスター:篠崎 史紀
取材日:12月18日(水)NHKホール

ソリストには第一級の歌手陣を迎えて 写真提供:NHK交響楽団
ソリストには第一級の歌手陣を迎えて 写真提供:NHK交響楽団

【東京フィルハーモニー交響楽団】

東京フィルを指揮したのはメトロポリタン歌劇場などで目覚ましい活躍を見せている日系米国人のケンショウ・ワタナベ。個性あふれる面白い演奏を聴かせてくれた。弦楽器の編成は12・10・8・8・7で低弦を重視していることが窺える。ルイージと同じく第2楽章の繰り返しを行っても62分と快速テンポ。こちらは中・低弦の刻みをクッキリと浮き立たせるなどして良い意味で速さを感じさせるアグレッシブな音楽の進め方であった。

N響の項でも触れたようにベートーヴェンの作品は同じような音型やフレーズが繰り返し現れることが多く、第9もそうしたことが特に第1、第2楽章で顕著にみられる。ワタナベは繰り返しの度に毎回同じように演奏するのではなく、とりわけ強弱に変化をつけていたのがユニークで面白かった。例をひとつ挙げよう。第2楽章、ティンパニによるオクターブに調律されたF(ファ)のソロが5度演奏されるくだり(177~208小節)は、A→B→Aという構成となっている同楽章の最初のAの部分の繰り返しをすべて実行すると後半のAと合わせてティンパニ・ソロのくだりが3回登場することになる。ワタナベは1回目、付点のリズムのソロをすべてフォルティシモ(極めて強く)で演奏させ、2回目は1度目だけフォルティシモ、2度目以降は次第に音量を弱くしていき、3回目となる後半のAの部分では最初から弱音で演奏させていた。同様の〝工夫〟は随所にみられ、こうした処理の仕方の是非は別としてワタナベの意欲的姿勢は評価に値するものといえよう。

また、第4楽章のコーダでは916小節目マエストーソからグッとテンポを落とし、オケ、合唱ともにニ長調のハーモニーを強調するようにとりわけ強く演奏させ、一気に920小節目のプレスティシモ(極めて速く)になだれ込んで勢いのある熱狂のフィナーレを創出してみせた。なかなかエキサイティングな第9であった。

2019年の共演を経て、ケンショウ・ワタナベが満を持して第9の指揮台に 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
2019年の共演を経て、ケンショウ・ワタナベが満を持して第9の指揮台に 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

☆公演・演奏データ

指揮:ケンショウ・ワタナベ
使用譜面:ベーレンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)12・10・8・8・7
管楽器:ホルンに1アシ、他は譜面の指定通り
演奏時間:約62分(第2楽章388小節目からの繰り返しあり)
ソプラノ:吉田 珠代
アルト:花房 英里子
テノール:清水 徹太郎
バリトン:上江 隼人
合唱指揮:三澤 洋史
合唱:新国立劇場合唱団
コンサートマスター:依田 真宣

〇前半
ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲Op.72c
取材日:12月20日(金) 東京オペラシティ コンサートホール

オペラシティに意欲的な演奏が響く 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
オペラシティに意欲的な演奏が響く 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

【読売日本交響楽団】

読響を振ったのはドイツを拠点にオペラ、コンサートの両面で活躍するイタリアの俊英、フランチェスコ・アンジェリコ。弦楽器の数を見てみると14・12・8・6・6と東京フィルのワタナベとは反対に高弦の響き、言い換えれば主旋律をいかに聴かせるかに注力していることが分かる。ほぼノーヴィブラートで、読響弦楽器セクションの正確な音程と透明感のあるサウンドが指揮者の狙いを見事に実際の音楽へと具現化していた。

こちらも同じ音型の繰り返しには工夫が凝らされており、例えば第2楽章のホルンのソロは回を重ねるごとに強弱やアーティキュレーション(音の繋げ方)に変化を付けていた。前述の2公演と同じく第2楽章の繰り返しを行い、全曲の所要時間が約70分と全体に中庸なテンポ設定。ひとつひとつの旋律を伸びやかに弾かせて、歌心を感じさせる美しい演奏に仕上げていた。

また、独唱陣は女声が日本人、男声が海外の実力派歌手を配し、エギルス・シリンス(バリトン)ら実力男声の豊かな声量と多彩な表現に負けまいと、女声2人も渾身の熱唱を繰り広げていた。

読響の今年の指揮者はフランチェスコ・アンジェリコ (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
読響の今年の指揮者はフランチェスコ・アンジェリコ (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

☆公演・演奏データ

指揮:フランチェスコ・アンジェリコ
使用譜面:ベーレンライター版
弦楽器:(第1ヴァイオリンから)14・12・8・6・6
管楽器:譜面の指定通り
演奏時間:約70分(第2楽章388小節目からの繰り返しあり)
ソプラノ:中村 恵理
メゾ・ソプラノ:清水 華澄
テノール:ダヴィデ・ジュスティ
バリトン:エギルス・シリンス
合唱指揮:水戸 博之
合唱:新国立劇場合唱団
コンサートマスター:林 悠介
取材日:12月22日(日) 東京オペラシティ コンサートホール

独唱陣も熱唱 (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
独唱陣も熱唱 (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
Picture of 宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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