切り拓いた吹奏楽の新たな地平
第二回福島市古関裕而作曲コンクール開催

本選会は飯森範親指揮シエナ・ウインド・オーケストラの演奏で行われた (C)Sachie Hamaya
本選会は飯森範親指揮シエナ・ウインド・オーケストラの演奏で行われた (C)Sachie Hamaya

昭和を代表する作曲家、古関裕而ゆかりの福島市において、第二回福島市古関裕而作曲コンクール本選会が「吹奏楽」をテーマに行われた(6月30日、ふくしん夢の音楽堂)。この日、飯森範親指揮シエナ・ウインド・オーケストラの生演奏で披露されたのは、全国から応募のあった69作品から第1次審査を通過した8作品。いずれも吹奏楽の通念を覆すような響きや構成で作曲家の想いと風合いが色濃く反映された力作が揃い、コンサートとしても存分に堪能できるものだった。その中から、受賞した4作品を中心にリポートをお届けしたい。(正木 裕美)

まず、今後の活躍が期待されるエール賞を受賞したのは、北海道の美瑛町に位置する青い池をテーマにした根岸淳也の「碧」。曲中、天候や季節によって変わりゆく水面や木々の様子、また生息する野鳥や昆虫が描かれているという。その様子はクラリネットのソロによる旋律に始まり、転調や拍子の移ろいを経て様々な楽器間で巧みに、色彩豊かに展開される。木管のフィナーレを経て、情景のみならずそれを見る者の視点が残像のように響き、印象深い余韻を残した。
第3位は越岡卓哉のコンサートマーチ「約束の街へ」。作品では、誰しもが持つ故郷や親しみのある「心の街」をテーマに、街へ向かう高揚感や郷愁が描かれている。吹奏楽ならではの〝マーチ〟のリズムが刻まれる中で、逆ヘミオラ様(注)のリズム変形やアーティキュレーションの変容、また転調による色調の変化が実に巧み。応募要件として求められた〝わかりやすさ〟の中に、独自のひねりを効かせていた。

続く第2位は松尾賢志郎の「明日の神話」。岡本太郎が原爆炸裂の瞬間を描いた同名の巨大壁画に基づき、そのメッセージ同様、悲劇に始まりそれを乗り越えた人々を描写している。悲劇が訪れた瞬間だろうか、不協和音による大音響が響くと、オーボエが陰鬱(いんうつ)な旋律を静かに紡ぐ。やがて困難を乗り越える人々に寄り添うようなクラリネットやフルート等木管の柔らかなソロを得て、金管楽器とティンパニによって輝かしいフィナーレへと結実させた。転調が浮き立たせる陰影、コンクールが求める〝旋律美〟が重いテーマの中にも失われない点が見事だった。
そして第1位には、苦悩や困難の先にある希望を描いた萩原友輔の「恋初(そ)める茉莉花(まつりか)」が選ばれた。茉莉花の「愛らしさ」「優美」「官能的」などの花言葉から、恋愛における苦悩や困難とも重ねているという。クラリネットとバス・クラリネットが紡ぐ軽やかな旋律に始まり、途中用いられる小太鼓の効果的な刻みも印象的。特筆すべきは終盤、クラリネットからサックス、フルート、トランペットやホルンのソロが旋律を歌い繋ぐ室内楽的な要素と壮麗なフィナーレのコントラストで、まるで恋の成就あるいは明るい未来に結実するような解放的なフィナーレが、実に爽やかな余韻を残した。

審査発表後に全体の講評を述べる池辺晋一郎 審査委員長 (C)Sachie Hamaya
審査発表後に全体の講評を述べる池辺晋一郎 審査委員長 (C)Sachie Hamaya

このほか、挽歌をコンセプトに印象派の絵画を観るような心象を与えた相澤圭吾の「炎ゆるアラベスク—吹奏楽のための—」や、古代ギリシャの墓碑銘「セイキロスの歌」を題材にオーケストラ作品のように壮大に物語を紡いだ谷地村博人の「セイキロスとエウテルペ」など、8作品はいずれも規定の吹奏楽の楽器群を用いながら、既存のイメージにとらわれない豊かな発想に基づくものばかり。この点について、審査委員長の池辺晋一郎は、終了後、次のように話してくれた。
「前回やってみて、あんなに美しいメロディを作った古関さんを記念するのだったら旋律性を重視した作品を選ぼうじゃないか、と今回コンセプトを具現化したのです。こういう事は継続することで性格がハッキリしてくるのですよね。
その結果、ちょっと吹奏楽では扱わないような、弦楽四重奏や室内楽のようなポリティカルでリリカルな方向性になりました。それを吹奏楽でやったという点が新鮮でしたね。昔は吹奏楽のことをブラスバンドと言ったのですよ。今は、シエナもそうですけれど、ウインド・オーケストラと言うのですよね。ウインドというのは管楽器全般で、ブラスというのは金管楽器。昔は吹奏楽といえば金管で吠えたてて豪壮なイメージがあったのですが、今回は新しい吹奏楽の色彩を出そうという意欲がコンテスタントにもはっきりしていたと思います。これが出てきたということが、このコンクールのraison d’être(レゾン・デートル)、つまり存在価値としてとても大事なことだと思いますね」

豊かな旋律性で数々の作品を遺した古関のポリシーは、受け継がれて次の世代の旋律美や色彩溢れる作品を生み出した。規定により〝若年層にも演奏可能〟な点も求められた作品群が、やがて新たな吹奏楽のスタンダードとして親しまれることは想像に難くない。コンクール=競う場のみならず、吹奏楽の新たな地平を見渡すような今回の本選会は、作曲者にも、そして聴き手にも、意義深い場であった。

(注)ヘミオラ
3拍子の2小節を、3つの拍に分けて大きな3拍子のように演奏すること。または4分の6拍子(あるいは8分の6拍子)の1小節を、3つの拍に分けて3拍子のように演奏すること。 

前段は本選出場者、後段は審査委員や木幡浩福島市長ら関係者 (C)Sachie Hamaya
前段は本選出場者、後段は審査委員や木幡浩福島市長ら関係者 (C)Sachie Hamaya

本選会プログラム

第二回福島市古関裕而作曲コンクール 本選会

6月30日(日)14:00 ふくしん夢の音楽堂(福島市音楽堂)

指揮:飯森範親
吹奏楽:シエナ・ウインド・オーケストラ

古関裕而:スポーツショー行進曲
佐藤信人:「白砂の箱庭」 ※第1回コンクール第1位受賞作品

○本選会
相澤圭吾:「炎ゆるアラベスク—吹奏楽のための—」
越岡卓哉:コンサートマーチ「約束の街へ」 ※第3位
田村雅之:「光る海景」
長門佑紀:「大流星とわたし」
根岸淳也:「碧」 ※エール賞
萩原友輔:「恋初める茉莉花」 第1位
松尾賢志郎:「明日の神話」 ※第2位
谷地村博人:「セイキロスとエウテルペ」

○シエナ・ウインド・オーケストラによる特別演奏
三浦秀秋編曲:古関裕而メドレー
ジョン・フィリップ・スーザ:「星条旗よ永遠なれ」

Picture of 正木 裕美
正木 裕美

まさき・ひろみ

クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在はフリーランスで編集・執筆を行う。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に取り組んだ。日本演奏連盟「演奏年鑑」東北の音楽概況執筆担当。日本芸術文化振興会 芸術文化振興基金運営委員会 音楽専門委員。

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